『ユリイカ臨時増刊 ペ・ドゥナ』
長いこと雑誌編集者をしていたのに、最近、雑誌に魅力を感じることが少なくなった。多いときは4冊ほど定期購読していたのに今ではゼロになったし、本屋へ行っても、雑誌売り場であれこれ覗いて面白そうなのを予算オーバーなのについ買ってしまう、そんなことが少なくなった。近頃の雑誌に魅力がなくなったのか、こちらのアンテナが錆びついたのかは分からないけど、中身が薄い、買って損した、とがっかりする経験が続いたことは確かだ。
久しぶりに、わくわくしながらレジへ雑誌を持っていったのが『ユリイカ臨時増刊 ペ・ドゥナ』。「『空気人形』を生きて」というサブタイトルがついて、1冊206ページがまるごとペ・ドゥナ特集に当てられている。
彼女が主演する『空気人形』公開に合わせての発売。24ページをカラーにして定価1300円ということは、1万5千から2万部くらい刷ったんだろうか。ペ・ドゥナはいわゆる韓流スターの人気者でははないけれど、コアなファンはそれなりにいる。僕も映画を見にいったし、そもそもペ・ドゥナのファンだから、まさしく『ユリイカ』の狙う読者ターゲットだったわけだ。それにしても現代詩の雑誌が女優をテーマにまるごと1冊特集するとは、それだけでもえらい。
ペ・ドゥナへのインタビュー、『空気人形』スチールと撮影現場でドゥナ自身が撮ったスナップ、『空気人形』の是枝裕和監督と『リンダ・リンダ・リンダ』でドゥナを使った山下敦弘監督の対談、そして野崎歓、宇野常寛ら12人の論者によるペ・ドゥナ論、フィルモグラフィーと、この手の別冊としてはまず王道をいく構成。
いちばん面白いのは是枝・山下両監督の対談だったな。2人はそもそも彼女の熱烈なファンなんだね。そこから出演の話が始まった。現場では2人とも「すげえなあ」「可愛いなあ」「キッとにらまれて、すごく怖かった(笑)」「もう完敗」と、めろめろ。そんなふうにヒロインを立てながら、「身体のコントロールが完全にできてる」「プロフェッショナル」とペ・ドゥナの凄さをきちんと見つめてる。
あとは野崎歓の、「なまめかしすぎるペ・ドゥナに、共感ではなく欲望を、友情ではなく恋情を覚えかねない自分を発見」するドゥナ論、彼女が出演した映画ばかりでなく韓国のテレビドラマまで丁寧に追った木村立哉、韓流ドラマのなかのドゥナの立ち位置と韓国の社会状況との関係を考えた田中秀臣のエッセイが読ませる。
不満もある。肝心のドゥナ・インタビューが短すぎることだ。公開前のプロモーションで来日したときのインタビューで、小生も経験があるけど、プロモーションは取材がびっしりつまっていて1時間くらいしか時間をもらえない。写真撮影もあるから、話をできるのはどんなに頑張っても40~50分。通訳が入ると、実質はもっと短くなる。新聞の短い記事や雑誌の1ページ程度ならなんとかなるけど、増刊の目玉としてはつらい。
ここは2~3時間、あるいはもっと長時間のロング・インタビューで、『空気人形』だけでなく他の作品や、女優としての道筋、バックグラウンドをじっくり語らせてほしいところだ。今は北海道や沖縄へ行くよりソウルへ行くほうがカネも時間もかからないんだから、段取りさえきちんとすれば可能だったと思うけど。『ユリイカ』なら、そのくらいの期待をしてしまう。
あと、『ユリイカ』らしく現代思想ぽい言葉遣いのエッセイが並んでいるけど、どれも同じような感触で、読んでいて飽きがきた。インタビュアーでもある宇野のエッセイ1本あればいい感じ。その代りに、例えば韓国の書き手を探してほしかったな。もうひとつ。映画のなかの重要なシーンで吉野弘の詩が引用される。詩の雑誌なんだから、そっちの視点もほしい。
などと、ないものねだりしたけど、久しぶりに雑誌の面白さを堪能しましたね。
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