『サブウェイ123 激突』 地下鉄6号線
『サブウェイ123 激突(原題:The Taking of Pelham123)』は、去年夏まで毎日のようにニューヨークの地下鉄に乗っていた身には楽しい映画だったな。
ニューヨークの地下鉄は、マンハッタン、ブルックリン、クイーンズ、ブロンクスを26路線が縦横に走ってるから、地下鉄(とバス)を使えば市内のどこへでも行ける。しかも30日間72ドルのメトロカードで乗り放題(バスも)だから、日本の地下鉄やJR・私鉄の電車を利用して東京や大阪を歩きまわるよりずっと安い。
この映画で、ぺラム駅1時23分発の6号線ダウンタウン方面行きがサブウェイ・ジャックされたのは、42丁目・グランドセントラル駅近くに設定されているようだ。実際のロケも42丁目駅で深夜に行われたという(wikipedia)。アップタウン方面、ダウンタウン方面の2つのうち片側の線路とホームをロケに提供した。ニューヨークの地下鉄は24時間営業だから、いくら深夜とはいえ大変だったろう。
サブウェイ・ジャック犯ライダー(ジョン・トラボルタ)たちが脱出に使うルーズベルト廃駅は42丁目・グランドセントラル駅からの引き込み線で、ウォルドフ・アストリア・ホテルの下にある。これもちゃんとロケしてるみたい。東京でも銀座線に新橋廃駅があって、昭和初期に使われたホームが残っているから、こういうのを使えば面白い映画ができるんだけどな。
ところで地下鉄6号線はブロンクスのペラム・ベイパーク駅を始発に、マンハッタンに入ってレキシントン街を南下し、ダウンタウンのブルックリン橋・市役所駅までを走る。ブロンクスでは別の地域を走っていた4号線、5号線もマンハッタンで合流して、同じ線路を走る。マンハッタンで4、5号線は「急行」だけど、6号線は各駅停車だ。
セントラル・パークの東、アッパー・イーストサイドを走る地下鉄はこの4、5、6号線しかない。このあたりには、メトロポリタン美術館はじめ、グッゲンハイム美術館、ホイットニー美術館、フリック・コレクションなどが集まっている。僕が6号線を使うのは、たいてい美術館へ行くためだった。
この映画のオリジナル版『サブウェイ・パニック』は1974年につくられている(公開時に見たきりだけど、ウォルター・マッソーがいい味出してた)。ニューヨークの治安が悪化して、地下鉄も危険と言われていた時代だから、それなりにリアリティがあったかもしれない。今は当時よりずっと安全になって、僕も滞在していた1年間、地下鉄で危ない目に会ったことはないし、大きな事件もなかった。だから映画にリアリティを感ずるというより、純粋なフィクションとして楽しんだ。
もうひとつ懐かしかったのは、ラスト近くで出てくるマンハッタン橋。地下鉄運行司令室のオペレーター、ウォルター・バーガー(デンゼル・ワシントン)とライダーが対決するシーン。ウォルターは橋上を通過する地下鉄をやりすごしてライダーに銃をつきつける。この地下鉄はQラインで、僕はブルックリンのアパートからマンハッタンの語学学校に通うのに毎日のように乗っていた。
ライダーとウォルターが向かい合う歩道も何度も歩いたことがある。マンハッタン橋のマンハッタン側入口はチャイナタウンのはずれにある。チャイナタウンで食事や買い物をして、マンハッタン橋を歩いてブルックリンに渡ると40分ほどで僕が住んでいたアパートに着く。
この歩道を歩くのが好きだったのは、ここから見る景色が素晴らしかったから。下流にあるブルックリン橋の美しい石造橋とウォール街の摩天楼が、朝は逆光に輝き、夕方は夕陽に染まっているのを一望するのは、ニューヨークに暮らしているんだなあと実感できる瞬間だった。僕の個人的なニューヨーク・ベスト・スポットのひとつ。
Qラインに乗るときは、マンハッタン橋にさしかかると必ずこの風景に心を震わせたし、日本から友人が来ると、よくブルックリン側から歩道を渡ってチャイナタウンに食事に誘った。
デンゼル・ワシントン(主演)、トニー・スコット(監督)、ブライアン・ヘルゲランド(脚本)という組み合わせは『マイ・ボディガード』と同じ。小気味よいエンタテインメントをつくりながら、ちょっとした描写で人間の陰影を浮き彫りにするのも前作と似ている。
バーガーは次期車両を選定する任務で日本へ行き、ワイロをもらったとして告発されている。ライダーは乗客に銃をつきつけながら、収賄を否定するバーガーに、お前はやったんだろと迫る。ライダーは乗客の命を守るために、心ならずも嘘をついてワイロを受け取ったと答える、と観客には思わせる。
ところが事件が解決した後、バーガーと市長とのやりとりで、バーガーがワイロを受け取ったのかもしれないと思わせる言葉をしゃべる。本当はどうだったのか? よく分からない(と感じられた)まま、映画は終わる。だからこそ、大パックのミルクを手にアパートに戻るデンゼルの姿が心に残る。
ハリウッド流のハッピーエンドで終わらせないあたり、いかにもヘルゲランド(『LAコンフィデンシャル』『ミスティック・リバー』)の脚本だなあ。(後記:いくつかのブログを見ると、バーガーは嘘をついたのではなく、本当にワイロを受け取ったのだと理解している人もいる。そんなふうにどちらとも取れる描き方こそ、ヘルゲランド=スコットが狙ったところかもしれない。)
アクション映画としてゆるいところや無理もあるけど、個人的思い入れもあって楽しめた。
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