『キャデラック・レコード』 ビヨンセに聞き惚れる
ビヨンセの歌を聞けただけでも、『キャデラック・レコード(原題:Cadillac Records)』を見てよかった。
ブルース歌手マディ・ウォーターズに扮したジェフリー・ライトや、元祖ロックン・ローラーのチャック・ベリーに扮したモス・デフも聞かせるけど、なんといってもR&B歌手エタ・ジェームズを演じたビヨンセの情感のこもった歌が素晴らしいね。
僕はビヨンセ自身の今ふうなヒット曲に惹かれたことはないけど、ビヨンセが目にいっぱい涙をためて歌う60年代のソウルフルな曲、「I'd Rather Go Blind」に参った(YOUTUBEに「BEYONCE'AS:Ms.ETTA JAMES-I'D RATHER GO BLIND」として映画のシーンがアップされている)。それを聞きながら部屋を出ていくエイドリアン・ブロディの悲しげな顔もいい。ビヨンセは、こんなうまい歌手だったのか。
この映画で彼女はほかにエタ・ジェームズのヒット曲「At Last」や「All I Could Do Was Cry」を歌っている。「At Last」は、オバマ大統領就任祝賀パーティーでビヨンセが歌い大統領夫妻がダンスして世界中で有名になったバラード。
ビヨンセやヒップ・ホップのモフ・デフの歌がうまいのは本職だから当たり前だけど、役者としてもなかなかのもの。ビヨンセの、白人のボスに心を寄せるアフリカ系女性の切なさがいい。一方、マディ・ウォーターズになるジェフリー・ライトは役者だけど、ブルースを歌ってちゃんとサマになってる。アメリカの音楽映画はこういう才能に支えられているんだなあ。
南部アフリカ系の間で歌われていたブルースが北上して都市(シカゴ、カンザス・シティ、デトロイトなど)に流れ込み、シティ・ブルースやロックン・ロールが生まれる。その音楽に影響を受け、ローリング・ストーンズ、エリック・クラプトンら白人ロックが生まれる。そんなブラック・ミュージック史のさわりを、シカゴのチェス・レコードを生んだレナード・チェス(エイドリアン・ブロディ)を主人公に面白く見せてくれる。
ポーランド移民2世のレナード(本当は兄弟なんだけど、映画では1人になってる)が、自身が経営するアフリカ系向けナイトクラブでマディ・ウォーターズに出会い、黒人音楽専門のレーベル、チェス・レコードを立ち上げる。マディはじめ、ハウリング・ウルフ、チャック・ベリー、エタ・ジェームズらの曲がヒットチャートを駆けのぼる。
そのあたりが手際よくまとめられている。昔読んだチャールズ・カイル『都市の黒人ブルース』(1968、音楽之友社)を引っ張り出したら、チェス・レコードについてこんな記述があった。
「マディ・ウォーターズは、会社設立(1940年代後半)ごろから、一枚の契約書もなしにこの会社の仕事をしている。これは、競争の激しいブルース界でウォーターズとレナード・チェス間の相互信頼を示す貴重な証拠といえるかもしれない。しかし、契約の仕方の中には、いまだにプランテーションと温情主義の匂いがする。マディ・ウォーターズが、歯医者の治療代、または自動車の支払いに窮してチェス・レコードに行けば、その場で『レコード印税の前金』を受けとれるのではないか。その反面、マディが高飛車に出たら、いままでのブルース生活が瓦解することも考えられる」
筆者のチャールズ・カイルは当時のニュー・レフトだから「プランテーションと温情主義の匂い」を嗅ぎつけているけれど、ともかく金に関して(異性やクスリに関しても)善くも悪くもいいかげんだったんだろう。映画でも、レナードはマディたちに印税のかわりにキャデラックの新車をばんばん買い与える。後でミュージシャンが「あの印税は?」と聞くと、レナードは「キャデラックで払ったろう」と答える。
ブラック・パワーが台頭してアフリカ系アメリカ人の意識が先鋭化する以前の1950年代、アフリカ系に偏見を持たなかった白人とブルースマンのうたかたの共同体みたいな空気が映画から感じられるのが嬉しい。
僕は車に興味がないけど、何台ものキャデラックの最新モデルが動いてるのは、車好きには応えられないだろうな。もうひとつ。エンド・ロールを見ると、ニュージャージーのいくつもの町でロケされている。『レスラー』もここのロケだったけど、ニュージャージーは50~60年代の空気を残す場所として貴重なんだな。
Comments
TBありがとうございました。
"I'd Rather Go Blind"、よかったですね。
あのビヨンセの表情もいいです。
途中で歌ってた、結婚式があるけど自分の人生終わった。。。 みたいな、短いけどグサっとくる曲が様になってました。
『ドリームガールズ』も好きなんですが、これも別の角度から音楽を愛する人たちの話で、素晴らしかったです。
Posted by: rose_chocolat | September 02, 2009 08:04 PM
ビヨンセはシカゴ・ブルースにモータウン・サウンドと、ブラック・ミュージックのルーツを演じたことになりますね。プロデューサーも兼ねているところを見ると、そのことにはっきり意図的なんでしょう。見直しました。というより、あまりビヨンセを聞いたことがなかったので、ちゃんと聞きなおしてみようと思いました。
Posted by: 雄 | September 03, 2009 10:41 AM