『新宿インシデント』 東映ヤクザの匂い
うーむ、ジャッキー・チェンも歳とったなあ。というのが第一印象。ジャッキー・チェンをよく見たのは、子供たちが小さかったころ一緒に行ったんだから、20年以上前のことになる。それを考えれば当然といえば当然なんだけど。
目の下の隈や顎まわりの皺は隠しようがないし、前髪を額にたらした若づくりの髪型がまたそぐわない。演ずる役が30歳前後(?)という設定だから若づくりしたんだろうけど、かえって歳相応の中年顔を強調することになってしまった。少しだけあるアクション・シーンでも、他の役者に比べて身体のキレがいいとは思えない。ちょっと悲しかったな。
『新宿インシデント(原題:新宿事件)』は、ジャッキーがアクションも陽気な笑顔も封印した社会派ノワール。しかも監督が『ワンナイト・イン・モンコック』のイー・トンシンとくれば期待は高まる。結果、それなりに楽しめたけれど、もっと面白い映画になったはずなのにという思いも残った。
1990年代。中国・東北地方から東京へ働きに出て音信不通になった恋人シュシュ(シュー・ジンレイ)を追って鉄頭(ジャッキー・チェン)が密航してくる。新宿には同郷の仲間、阿傑(ダニエル・ウー)たちがグループを組んでいる。鉄頭は、歌舞伎町を縄張りにする台湾系マフィアや日本のヤクザ組織と争ううち、リーダーとしてグループを統率するようになる。
不法就労していて追われた刑事・北野(竹中直人)の命を助けたことから、鉄頭は彼と友情を結ぶ。鉄頭は、シュシュが日本人ヤクザ江口(加藤雅也)と結婚していることを知る一方、新しい恋人リリー(ファン・ビンビン)ができる。……と、盛りだくさんな人間関係。彼らが絡み合い、それぞれの組織や警察が入り乱れてクライマックスになだれ込んでゆく。
日本人スタッフがかんでいるからだろうか、こういう映画にありがちな違和感は善くも悪くもない。「悪くも」というのは、外国人が見る日本が、例えば昔の『ブラック・レイン』みたいに、ある種の誤解の上に成り立っているがゆえに逆に新鮮だったりするからだ。
撮影は日本の北信康。香港ノワールながらどこか東映ヤクザ映画の匂いがあるのは、日本人俳優がたくさん出ているだけじゃなく、そのせいもあるのか。新宿を異邦人の目で見られる中国人カメラマンだったら、もっと違った肌合いになったかもしれない。それを見たかったような気もする。でも新宿や大久保周辺(?)のロケはリアル。地下下水道のシーンは、まるで『第3の男』だね。
イー・トンシンは職人肌の監督で、ツボにはまると『ワンナイト・イン・モンコック』みたいなすごい映画をつくる。この映画がそうならなかったのは、よくできたエンタテインメント映画に必須の対立軸がくっきりしなかったことにあると思う。
映画の芯はジャッキー・チェンとダニエル・ウーの友情と対立なんだけど、そこにもうひとつ、ジャッキーと竹中直人の友情と対立という軸が重なる。日中で主役級の役者を配した結果だろうけど、どちらも友情と対立のエモーションが薄まってしまったような気がする。
昔の恋人、シュー・ジンレイと新しい恋人、ファン・ビンビンとジャッキーの関係も同じ。昔の恋人を助けるために、新しい恋人との生活を捨てる、そのディテールが描きこまれてないので、ジャッキーのいくつもの友情と愛に挟まれての苦渋の決断が迫ってこない。
もっと人間関係を切り詰めて対立軸を単純・鮮明にするか、あるいはこのままディテールをもっと膨らませて多国籍の新宿を叙事的に語る大作にするか。つまり『人斬り与太』にするか『仁義なき戦い』にするか。って言っても、通じる世代は少ないか。
でも、いろんな役者が出ていて、それを見ているだけでも飽きない。ジョニー・トー映画の常連、ラム・シューは相変わらずいい味出してる。ホウ・シャオシェンの『悲情城市』に出ていた台湾のジャック・カオも懐かしい。
かつての東映ヤクザにも香港ノワールにも、もっと面白くなるはずなのにと思えるこういう映画がたくさんあった。そういう映画の1本として、でも楽しめたな。
これで今年のGW公開で気になった映画は一応見たことになる。感想を書く気にもならなかった『レイン・フォール』を除いて、『スラムドッグ$ミリオネア』『グラン・トリノ』『四川のうた』『バーン・アフター・リーディング』『ウェディング・ベルを鳴らせ!』『チェイサー』、そしてこの『新宿インシデント』と、今年は粒よりでしたね。見たい日本映画がなかったのは残念だけど。
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