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May 14, 2009

『ウェディング・ベルを鳴らせ!』の祝祭空間

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この映画、はじめから終わりまで何とも言いようのない祝祭気分にあふれてるなあ。

『ウェディング・ベルを鳴らせ!(原題:Promets Moi)』だけでなく、エミール・クストリッツァ監督の映画にはそういうのが多い。10年に1本出るか出ないかの傑作(と僕は思うけど)『黒猫・白猫』もそうだった。よくあるパターン、泣いて笑ってハッピーエンドという類型的なストーリーの「笑いと涙」映画じゃなく、映画のワンカットワンカット、セリフや音楽のひとつひとつが祝祭であるような映画、といったらいいか。

そういう感じを受ける映画は、いま、クストリッツァ監督の作品以外に思い浮かばない。それはなぜかを考えてみたい。

まず誰もが感ずるように、音楽の力が大きいよね。『黒猫・白猫』『ライフ・イズ・ミラクル』と同じジプシー・ブラス・ロック(とでも言うのかな)。浮き浮きするバルカン・ロマ(ジプシー)音楽のリズムとメロディ。泥臭いけどパワフルなブラスの音。昔ふうでいながら、現代的でもある。映画の冒頭からこの猥雑な音楽が流れはじめると、さあお祭りが始まるぞ、って気分。身体がすっと映画に入り込んでしまうんですね。

舞台はセルビア共和国の山村。なだらかな丘陵に囲まれ、森と草原のなかに古い農家が点在する。のどかな、こういうところに暮らしてみたいなあ、と思わせる風景。

実はここ、前作『ライフ・イズ・ミラクル』の舞台と同じ場所で、クストリッツァ監督がこの土地を気に入り、買い取って映画学校や宿泊所、レストランを建ててしまったらしい。カメラが慈しむように風景をなめるのは、だからだったのか。黄緑の草原と、あふれる光が見る者に幸福感を与えてくれる。

そんな風景のなかで展開される話は、村に一軒だけの農家に住むおじいちゃんと孫、2人の「嫁取り」譚。村には、おじいちゃんを追ってやってきたグラマーな女先生がいる。おじいちゃんは性に目覚めた孫に、牛を連れ町へ行き、牛を売って嫁をさがしてくるよう言う。お伽噺みたいなストーリー。監督は日本の昔話をヒントにしたという。

リアルなお話でないことを強調するように、空には男が飛んでいる。サーカスの大砲から撃ちだされた男が、チープなスーパーマンふう衣装をつけて、孫が美少女(チャーミング!)を見染めたり悪漢に追われたりする町や、グラマーな先生を追って役人がやってくる村の空を飛んでいる。

ヴェンダース『天使の詩』の天使みたいな諦観と絶望の眼差しじゃなく、下界で繰り広げられる人間の愚行を眺め、寿いでいる感じ。そういえば、『アンダーグラウンド』でも男が空中を飛んでなかったっけ。

もっとも、すべてがお伽噺の世界というわけじゃない。町を再開発し、貿易センタービルを建設しようする成金とその手下が、ニューヨークのツインタワーみたいな模型を手に登場する。成金は売春宿をやっていて、美少女は母親の借金のカタに客を取らされそうになる。

セルビアはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争やコソボ紛争で欧米から敵視されてる国だけど、親欧米の資本家もいて、映画の成金は彼らを戯画化してるんだろうな。もっともこの成金、いかにもコメディ映画の悪漢風情で憎めない。

クストリッツァ監督の映画では、登場する動物が人間と同じ高さの目線で、家畜やペットというより人間の友達として描かれるのはいつものこと。それもまた中世の民話みたいな気分にさせる。おおらかなセックスも同じ。美少女が住むアパートの隣家のおばあちゃんは、美少女と彼女を口説きにくる男たちを覗くのを楽しみにしてる。結ばれた孫と美少女は、相棒が運転する車のトランクのなかで、車を激しく揺らしながらセックスしている。

お祭りに欠かせないのは旗、そして爆竹や花火だけど、ラストシーンでそれも登場する。孫と美少女が村へ帰ると、おじいちゃんとグラマー先生の結婚式の列と、村人の葬儀の列とが鉢合わせしている。村人が掲げているのは何本もの大きなセルビア国旗。スーザン・ソンタグがNATO軍のセルビア空爆を支持したように、反セルビア感情の高い欧米人インテリが見たら苦い顔をしそうだな。

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のさなか、『アンダーグラウンド』がカンヌ映画祭でパルムドールを受けたとき、この映画は親セルビア的だと非難を受けた。『ウェディング・ベルを鳴らせ!』のセルビア国旗は、クストリッツァがそれに対して、おいらはセルビア人だ、それの何が悪いと、大見得を切っているようにも見える。

孫と美少女を追って、成金の悪党どもが装甲トラックに乗り、武装してやってくる。彼らは結婚式と葬儀の列に激しく機関銃を撃ちこむ。無数の銃弾が飛び交うけれど、人は一人も死なない。つまりこれ、爆竹みたいなもんなんだね。お祭りはこうして大団円を迎える。

誰も死なないラストはハッピーだけど、親欧米・資本主義の悪党一味が武装し、セルビア国旗を持った村人の列に銃撃を加えるのには、コソボ紛争でNATO軍がセルビアを空爆した事実がダブって見えてもくる。

クストリッツァは、そんな人間の善き行い悪しき行いをひっくるめ、すべてを寿いでいるように見える。だからこの祝祭、いとおしくもあり愚かでもある人間たちがドタバタを繰り広げ、お伽噺と現実が交錯し、ハッピーではあるけれど陰影が濃い。テンションを落とさず走りきったクストリッツァは、やっぱりすごい。


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