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April 19, 2009

浦和ご近所探索 前地通り商店街

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うまい煎餅屋があると聞いて、浦和駅東口の前地通り商店街へ出かけた。わが家から歩いて30分近くかかり、行ったのははじめて。

狭い通りに個人店が並ぶ地元商店街。スーパーもコンビニもドトールもない。戦前、戦後の商店街がそのまま残っているのだろう、他では見られなくなった店がある。

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自家製こんにゃく、トコロテン、くず餅の専門店。

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金物店の店先。

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氷室も営業中。氷を売ってます。

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この洋服店は営業中かどうか、よく分からない。

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八百屋・青果店と肉屋は数軒ずつある。タイル張りの店構えは、かつてのモダン。

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仕舞屋(しもたや)が何軒もあり、空地や小さなマンションも目につく。

都市計画でつくられた直線道路でなく、商店街はゆるやかに湾曲し、はずれには江戸時代の庚申塔がある。そのころから使われていた道なんだろう。

歴史を遥かに溯れば、縄文時代、このあたりまで東京湾が入り込み、大宮台地の端である浦和はたくさんの入江が複雑な海岸線を描いていた。近くには貝塚もある。

商店街の左右は下り坂になっている。坂を下って低地になっているあたりは、僕がガキのころ沼地が多かった。だからこの商店街の通りは、はるか昔から沼地に挟まれた台地の尾根を走る道だったんじゃないかな。「前地」という地名もそういうことに関係していそうだけれど、よく分からない。この道をずっと行くと「大谷場」「大田窪」といった低地を意味する地名もある。

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商店街の脇道。

前地通り商店街がいちばん栄えたのは、おそらく高度成長以前。氷室とか自家製こんにゃくとか、僕らがガキのころには見かけたけど、その後はとんとお目にかからない。そういう店がちゃんと営業してるのが嬉しい。

浦和駅東口一帯は長いあいだ開発から取り残された住宅地で、都市計画上、旧浦和市の大きな「問題」だった。近くにスーパーもショッピング・センターもなく、だからこそ駅前といっていい立地なのに、こういう商店街が生き残ってこられたのだろう。夕方になると人通りが増え、近くに住む人が八百屋、肉屋、豆腐屋、パン屋と回って総菜を買ってゆく。


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去年、浦和駅東口が再開発されてパルコがオープンし、地下にはスーパーもできた。高度成長期~バブル期と変わらぬ再開発の手法で、反対側の西口再開発で駅前商店街がシャッター通りになってしまった過去を少しも学んでいない。本当は地元商店街をどう生かしてゆくかを考えた再開発であるべきなのに。スーパーは商店街から歩いて5分ほど。人の流れも変わってゆくのだろうか。

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Comments

いい風景ですね。
こういう町並みを、ちょうど探していました。記憶のなかにはいくらでもあるのに、どこにあるかわからない。
ああこれだ、と見入っています。
コメントさせていただいたのは、煎餅屋とそこの煎餅がそれでどうだったのか、気になって仕方ないからです。期待はずれだったのでしょうか?
必ずしも食い意地から、というわけでもないと思うんですが。。すみません。。。

Posted by: メメ | May 20, 2009 at 09:06 AM

この通りの煎餅屋の煎餅はイマイチでした。もう1本南の通りにもあり、友人によるとそちらがイチオシなのですが、残念ながら店が閉まっていました。そのうち行ってみようと思っています。

近くで再開発が進んでいますが、この雰囲気を残したまま活性化してほしいものです。

Posted by: | May 21, 2009 at 11:21 AM

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