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March 17, 2009

『ロルナの祈り』 半身に密着するカメラ

Lornassilence

ダルデンヌ兄弟の映画は見ていて息苦しい感じに襲われる(といっても、他に『ある子供』しか見てないけど)。

まず、テーマが深刻だ。バックに音楽が一切流れない。カメラがまるでドキュメンタリーを撮っているように素っ気なく、切り返しをはじめ劇映画の色んな手法を使わない。息苦しさの理由がそういうところから来ているのはもちろんだけど、『ロルナの祈り(Les Silence de Lorna)』を見ていて、ダルデンヌ兄弟のカメラについてもう少し具体的に理解できたことがある。

この映画では、人間の映っていない、例えば風景やモノのショットが皆無なんだな。あらゆるショットが人間を、しかも必ず半身から7分身で捉えている。もちろん登場人物が遠くから近づいてきたり、逆に遠ざかっていくときには全身が捉えられるけれど、ショットの核には必ず半身、あるいは7分身の人物がいる。ということは、その一方でクローズアップもない、ということでもある(技術的理由からだろう、タクシーの車中のショットが唯一の例外)。

この映画が何ミリのレンズで撮影されているのか知らないけれど、あらゆるショットが広角や望遠ではなく標準レンズの視覚(スチール・カメラなら50ミリの感じ)で撮影されている。引きのショットがないから、人物がどんな環境や風景のなかで動いているのかが必要最低限しか映っていない。

主人公たちが住んでいるアパートがどんな建物なのか。アパート周辺の街路はどういう雰囲気なのか。どんな景観をもった町に住んでいるのか。カメラはそういうことにほとんど興味を示さない。見る者は、人物の背後に映るわずかな情報からそのことを推測するしかない。映画の舞台がベルギーというだけで、都市の名前が特定されていないのは、そのことに係わっているだろう。

余分な情報を一切写さない、はっきりしたスタイルをもったカメラ・ワークが、映画の息苦しさを醸し出す上で大きな役割を果たしていることは言うまでもない。

それだけでなく、ダンデルヌ兄弟は語り口についても説明を極力排除している。観客は麻薬中毒のベルギー人クローディ(ジェレミー・レニエ)と偽装結婚して市民権を手に入れたロルナ(アルタ・ドブロシ)はどこの国から来たのだろうと疑問に思うけれど、彼女がアルバニア人だと分かるのは、もう映画も終わろうとするあたりだ。

そのことも、この映画のテーマがベルギーやアルバニアだけの特殊な問題ではなく、いまヨーロッパが抱えている共通の問題なのだというメッセージかもしれない。

そもそも、映画はクローディとロルナが偽装結婚していることを明かさず、ただ2人が同居しているぎくしゃくした日常を追うだけだから、観客はこの2人は何者で、どういう関係にあるのだろうと、映画が進むにつれ少しずつ理解していくしかない。謎や秘密が少しずつ明かされてゆくミステリーの手法と同じで、それが観客の興味と緊迫感を生むことになる。

(以下、ネタバレです)ロルナが麻薬中毒のクローディと偽装結婚したのは、彼女がベルギーの市民権を得たうえで「未亡人」になり、今度はロルナが外国移民と偽装結婚することで金を稼ごうとしているグループの一員であることが分かってくる。

そのあたりから、でも映画は大きく方向を変える。ロルナは中毒を治そうと苦悶しているクローディを殺したくない。人としての同情はやがて愛情に変わって、その結果、ロルナは彼の子供を妊娠する。しかしクローディはグループによって殺され(「殺す」描写やセリフはない)ロルナは予定通り「未亡人」になってしまうが、彼女は彼の子供を堕すことを拒む。

いや、実は妊娠したというのは彼女の思い込みで、医者は想像妊娠であることを告げるのだけれど、ロルナはそれを信じない。ロルナは、お腹のなかの(いると思いこんだ)子供と会話を交わしはじめる。その瞬間から、それまでリアリズムで通してきた映画が、なんというか、幻想味を帯びてくる。ファンタジーといっては言い過ぎかな。

「彼らに私たちを殺させない。ママが守るからね」
「あなたは生きて」

想像の子供と会話を交わしながら、グループから逃げたロルナは森のなかの小屋に身を隠す。この最後のシークエンスに来て、それまで人の半身に密着してきたカメラは初めて大きく引いて、画面いっぱいに森の木立を写しこむようになる。

森は暗く淋しげで、ロルナの未来を暗示しているようではあるけれど、ロルナの人としての真っ当な感受性に対するダルデンヌ兄弟の信頼を明らかにして映画は終わる。その信頼が幻想、あるいはファンタジーとしてしか表現できないのが、この映画の苦い味かもしれない。

ロルナを演ずるアルタ・ドブロシはコソボ出身の新人。ショートカットの髪とキュートな表情が素晴らしい。

ダルデンヌ兄弟の映画としては(多分)初めて、最後のほんの十数秒ではあるけれど、現実音ではない音楽が流れる。そのベートーベンのピアノ・ソナタ第32番が心に残る。

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