『天使の眼 野獣の街』 空からの視線
ジョニー・トー監督のファンならおなじみ「銀河映像」のオープニング・ロゴが流れるとき、映画はもう始まっている。香港の雑踏の音が耳に突きささるように入ってくる。
オープニング・ロゴが終わると、画面は香港名物の2階建て路面電車。ごった返した車内、人が乗り降りするなかで主役3人が手際よく紹介される。どちらが追うほうなのか、追われるほうなのか。判然としないながらも追跡劇が進行しているらしい。見る者はいきなりそのドラマに引きずり込まれ、人と原色のあふれる香港の真ん中に放り出される。
『天使の眼 野獣の街(原題:跟蹤)』は、『PTU』『エレクション』『エグザイル/絆』などジョニー・トー映画の脚本を手がけてきたヤウ・ナイホイの監督デビュー作。なんとも小気味よいエンタテインメントに仕上がってるね。
冒頭で紹介されるのは、新人の女性刑事ホー(ケイト・ツィ)、ホーの上司で監視・追跡専門の香港警察刑事情報課監視班のウォン(サイモン・ヤム)、宝石強盗団のリーダーであるチャン(レオン・カーファイ)。
香港島の中環を舞台に、宝石店襲撃を重ねる強盗団。それを追う監視班。その息詰まる攻防は、ちらしのキャッチにある「ハイテンション&ノンストップ」に偽りない。
この映画の英語タイトルは「Eye in The Sky」という。中国語原題は「跟」も「蹤」も「跡をつける」意だから、英語タイトルがどこから来たのか不明だけど、意味するところは映画を見ていれば分かる。上空からの視線で捉えられたショットが折々に登場するからだ。
上空からのショットがたいてい一つのシークエンスの終りに登場し、しかも走査線が徐々に濃くなるような人工的映像となって溶暗する。まるで誰かが上空に仕掛けたカメラの映像を覗いてるみたいだ(もっとも、それ以上の意味はない)。
それは確かに「空からの眼」なのだが、もっと等身大の距離で見上げる・見下ろすショットも多い。香港島は背後にビクトリア・ピークを控えた坂と階段の街だから、追う者、追われる者が坂の下から見上げるショット、逆に坂上やビルの上から見下ろすショットがしばしば登場する。
それだけでなく、追う者が右を見ればカメラも右に振れ、追われるものが左を見ればカメラも左に振れる。そんな上下左右のカメラの視線が快いリズムをつくりだす。動きの多い、短いショットを積み重ね、街の音と音楽(鳴りっぱなしで最初気になったけど、そのうち快くなった)がかぶさり、それらすべてが渾然一体となってこの映画の熱気とテンポを生んでいるね。
ジョニー・トー監督の映画は時に作家性を紛れ込ませるけれど、この映画は作家性などどこ吹く風とばかりにエンタテインメントに徹しているのが潔い。香港映画らしく情感たっぷりなのも嬉しい。
主役の3人、みな魅力的だけど、トー作品の常連ラム・シューが強盗団のメンバーとして相変わらずいい味出してる。特に警察に襲われるシーン、インスタントラーメンの麺を口にしたまま何の抵抗もせず手を挙げ、次のショットで手を挙げたまま麺を飲み込んでるのには笑ってしまった。
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