桐野夏生浸り・1
年末から桐野夏生を読み耽っている。
デビュー作といっていい『頬に降りかかる雨』に始まり、『水の眠り 灰の夢』、直木賞を受けた『柔らかな頬』、さらに『玉蘭』『out』『残虐記』『魂萌え』『東京島』と来て、最新作『女神記』と、『錆びる心』『ジオラマ』などの短編集。これは読んだ作品を刊行された時系列で並べたんだけど、実際には目についたものから手当たり次第に読みつづけ、そして飽きることがない。
彼女を読むのは初めてではなく、何年か前、『グロテスク』を読んで感想めいたものを書いたことがある(書評book-navi、LINKS参照)。そのときから、いつかちゃんと読んでみようと思っていた。
『グロテスク』も発表当初から話題になった小説で、ぐいぐい引き込まれるストーリー・テリングと濃密な描写に圧倒されたけど、彼女の主な長編をまとめて読んでみるとその印象はいよいよ強まる。だけでなく、『グロテスク』でも予感されたけれど、爽やか草食系が多い今のエンタテインメント系の作家には珍しく黒々とした地下水脈を湛えた、スケールのでかい小説家だなあと思った。
「東電OL殺人事件」や少女誘拐・長期監禁事件といった現実の出来事に触発された作品もあるから、桐野夏生の小説は社会派みたいな顔をしていて、それはその通りだし、この国の現実とその中に放り出された女性の姿に深い関心を持っていることは間違いないけれど、彼女の小説のすごいところはそんな社会性を突き抜けた<反社会>性にあるというのが、僕の今のところの感想だ。
彼女の小説を読んでいて連想するのは、大正期の谷崎潤一郎の妖しい世界か。あるいは桐野夏生のヒロインは、夫を戦争に取られまいとその脚を鉈で切り落とした増村保造映画のミューズ、若尾文子の化身なのか。
桐野夏生の小説群は大雑把に言って3つの時期に分けられる。
『頬に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞を受賞して一躍その名を知られ、女流ハードボイルドの旗手と言われた時代。ハードボイルドからもっと広いミステリーに進出し、同時に多くの読者も獲得した『柔らかな頬』や『out』の時代。そしてそれ以後の、もはやミステリーとも呼べずただ小説としか言えないさまざまな作品を発表している、現在にいたる時代。
まだ途中経過だけど、桐野夏生の小説を読んで感じたことをメモしておこうと思う。
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