『トロピック・サンダー』とベトナム戦争映画
この映画、アメリカで見たかったなあ。
日本へ帰る直前の8月、ブルックリンのアパートを引き払って旅に出、マイアミのビーチに寝そべっていたとき、小型飛行機が『トロピック・サンダー(Tropic Thunder)』の宣伝用引き幕をなびかせて何度も海上を往復してたっけ。見たいなと思いつつ、ビーチで怠惰をむさぼる快楽に負けた。ちょっとしたことでも大げさに笑いに反応するアメリカの映画館だったら、最初から最後まで大爆笑だったに違いない。東京の映画館が静かだったのが淋しい。
ベトナム戦争が終わって間もない1980年代、ハリウッドでベトナムもの映画がブームになった一時期がある。『地獄の黙示録』『プラトーン』『ディア・ハンター』から『ランボー』まで。『トロピック・サンダー』は、それらベトナムものをネタにしたコメディというか、パロディというか。しかも毒っ気の多いハリウッド内幕ものになっていて、戦争アクションとしても楽しめるのが憎い。
いちばんのネタになってるのはフランシス・F・コッポラの『地獄の黙示録』。完全主義者のコッポラが、これまた完全主義者のマーロン・ブランドを主演に据えて長期アジア・ロケを敢行し(フィリピンだったと思う)、湯水のように金を使ったがいつまでたっても映画が完成せず、製作会社が頭を抱えた「事件」がもとになっている。コッポラの奥さんだったかが書いたメイキング・ドキュメントを読んだ記憶があるけど、ロケがうまくいかず、コッポラとブランドが揃って不安にさいなまれ狂気を孕んでいく過程が生々しく記されてた。
『トロピック・サンダー』という戦争映画のベトナム・ロケが進んでいる。主役は3人。落ち目のアクション俳優(ベン・スティラー)。ヤク中の下ネタ専門コメディアン(ジャック・ブラック)。やりすぎ演技派のオスカー俳優(ロバート・ダウニーJr)。
3人の役者のこれまでの当たり役が予告編スタイルで紹介される冒頭から、うーん凝ってるな。落ち目のアクション俳優はシルベスター・スタローンを連想させるし、オスカー俳優は無論マーロン・ブランド。とすると、ヤク中のコメディアンは誰だろう?
「予告編」が終わると、ヘリコプターのぷるんぷるんというけだるい羽音が聞こえてくる。これ、『地獄の黙示録』で印象的だった音で、そら来たぞ、と思うと、画面は一転してベトナムの戦場。緑深い熱帯の森を3機の武装ヘリが飛んでいる。『地獄』の有名シーンのパクリだね。『地獄』ではワーグナーが鳴っていた。
次も『地獄』のパクリ。ジャングルに爆弾を連続投下して空高く炎が上がる印象的なシーンと同じシーンを撮影しているんだけど、監督のドジでカメラを回しそこねてしまう。ロスのプロデューサー(超有名俳優がカメオ出演して怪演)にどなられた監督が頭を抱えているところに、現場にいた原作者(ニック・ノルティ)が、武装した麻薬組織が支配する地域に役者を放り出してカメラを回せばいいと監督をそそのかす。
「悪魔のささやき」をする原作者は、フィリピン・ロケがうまくゆかず不安に駆られたコッポラその人を連想させるな。追い詰められたコッポラは、そんな「悪魔のささやき」を聞かなかったろうか。
原作者の誘惑に乗った監督は、3人の役者に新兵役などを加えた5人をヘリでジャングルのなかに放り出す。役者たちは出現した武装集団を、これもロケと信じ込む。このあたりのヘリを使った戦闘シーンは『プラトーン』だね。ウィレム・デフォーが両手を挙げるポスターでおなじみのショットが2度も出てくる。
武装集団の拠点は『ディア・ハンター』のベトコン村みたいだし、筋肉むきむきのスティラーが銃をぶっ放すのは『ランボー』だし、最後にスティラーが神がかるのは『地獄の黙示録』。
すべてのシーンが過去の映画のパクリで、現実の俳優を連想させる役者たちが、武装ゲリラを本物ではなくロケと思い込むことで演じるコメディという2重3重に仕掛けられた笑い(実弾をあれだけ撃たれても誰も死なないのはご愛敬だけど)。見事なもんです。
戯画化されているプロデューサー役があの人だとはエンド・ロールが出るまで気づかず、一緒に見た映画好きに「それは遅すぎる」と笑われてしまった。ハリウッドに詳しい人なら、この傲慢なプロデューサーも現実の誰かさんを連想するんだろうな。
製作・脚本・監督は主演のベン・スティラー。この人、『ザ・ロイヤル・テネンバウム』くらいしか見たことないけど、監督としても何本か撮ってる。いや、面白かった。
Comments
これ、すごく見たくて待ってました。
ベン・スティラーへのインタビューがとても面白かったので。
怪演するトム・クルーズが大好きで、
「マグノリア」的トムに会いたい!
戦争映画は実は笑える、とベン・スティラーは
目をつけたみたいですね。早く笑いたい!
Posted by: aya | December 14, 2008 05:22 PM
『マグノリア』のトムもよかったけど、この映画のトムはなんともはや。彼のファンはどう感ずるんだろう。でもアメリカの役者って、こういうこと喜々としてやるんだからすごいですね。
Posted by: 雄 | December 15, 2008 10:29 AM
こんな映画だったんですね。おもしろそうですね。夏にNYに行った時に、ハウストンとラファイエットの角のビルに、大きな看板がかかっていましたし、側面に映画のポスターを大きく描いたバスも走っていました。
ところで、前の記事の原武史著『昭和天皇』読みました。宮中祭祀のこととか、色々知らないことばかりでした。天皇に独白癖があったとかですが、映画『太陽』のイッセー尾形のシーンを思い浮かべて読んでました。原氏の今後の著作に期待したいですね。
Posted by: TO | December 15, 2008 10:04 PM
ハウストンとラファイエットの角は北と南の両側に大きな看板がかかっていて、ここへ行くと見るのを楽しみにしてました。カルヴァン・クラインなんかけっこうセクシーなやつで、写真に撮ったこともあります。
こういうのが嫌いでなければ、この映画、けっこうおすすめです。
Posted by: 雄 | December 16, 2008 01:23 PM