『ボーダータウン 報道されない殺人者』のフアレス
『ボーダータウン 報道されない殺人者』を見に行ったのは、映画の舞台になったメキシコのシウダー・フアレス(Ciudad Juarez)に3カ月ほど前、ちょっとだけ行ったことがあるからだ。
シウダー・フアレスは国境であるリオグランデ河をはさんで、米国側のエル・パソと向かい合っている。シウダー・フアレスとエル・パソはもともとひとつの町だったけれど、100年前の米西(メキシコ)戦争で町の真ん中を流れるリオグランデ河に国境線が引かれ、両国に別れてしまった。
シウダー・フアレスは名うての犯罪都市だ。米西両国間に自由貿易協定が結ばれたことで関税がかからなくなり、国境の町・フアレスには米国向け製品をつくる工場がたくさんできた。そこでは、メキシコ各地から集まった貧しい先住民の少女が安い賃金で働いている。そんな少女たちが15年間で500人以上、行方不明になったまま、いまだに真相が解明されていないという。
映画はこの事実を基にしたミステリーになっている。
少女たちは乱暴され殺されるが、犯罪にはフアレスの上流階級や企業家、アメリカ、メキシコ双方の政治家が絡む設定になっている(現実に、そのように噂されている)。警察も犯罪者や企業家に買収され、事件をむしろ隠そうとする。事実を追及するジャーナリストのジェニファー・ロペスやアントニオ・バンデラスは命を狙われる。
映画は社会派サスペンスとしてそれなりに面白かった。ボーダーレスになった経済が、いまだにボーダーで仕切られた国家間の格差を利用して、その最前線であるボーダータウンでどんなふうに利益を上げているのか。その結果、底辺で働く少女たちにどんな酷い事態をもたらしているか。隠された事実を世に知らしめる意味は十分にある。
ただ、僕は社会派映画があまり好きじゃないという偏見を承知の上で言えば、告発や啓蒙という枠を超えた深いところまで映画が届いていなかったのは、ジェニファー・ロペス主演のハリウッド映画として仕方ないというか、残念。
もっとも、夜のシウダー・フアレスの映像はリアルだった(僕も訪れたグアダルーペ・ミッションが映っていたから、実際にロケしてると思う)。うす暗い町と、それを切り裂くヘッドライトの光。丘上のスラム。闇の砂漠と惨劇の現場となる廃品置き場。僕は昼間に短時間訪れただけだったから、夜のこの町を知らないけど、うーん、暗くなったシウダー・フアレスはこういう空気に包まれるのか。
以前やっていたブログ「不良老年のNY独り暮らし」の「エル・パソの旅 2」でもアップしたことがあるけど、エル・パソへ旅行したとき、半日だけ国境を超えてシウダー・フアレスを歩いた。
エル・パソから見たシウダー・フアレス。画面手前がエル・パソで、奥のひときわ明るい部分がフアレス。明るいのは人口密度がエル・パソよりずっと高いから。
フアレス側から見たアメリカ・メキシコ国境。
シウダー・フアレスは麻薬組織がはびこっていることでも知られる。エル・パソのホテルで新聞を読んでいたら、シウダー・フアレスで1人の警官と2人の州調査官が麻薬密輸組織の手で殺された、という記事が載っていた。警察署のドアに殺人予告リストが貼られていたそうだ。
今年、シウダー・フアレスでは400件以上(!)の殺人が起きていて、その大部分が麻薬組織がらみだという。この町ではアメリカへの麻薬密輸が最大の「産業」で、組織にかかわっている警察官や公務員も多いらしい。
国境までホテルのシャトルバスで送ってもらったときも、運転手氏が、「メキシコ人は皆いい奴だけど、麻薬組織の人間だけは危険だ」「警官に話しかけられても信用するな」と言っていた。
昼間にメインストリートを歩いただけだったから犯罪都市の匂いは感じられなかったけど、エル・パソの観光案内所で、フアレスに行くなら人通りのない細い道に入り込まないようにと注意された。
Comments
はじめまして。TBをありがとうございました。
現地に実際に行かれた印象を興味深く拝読しました。
麻薬犯罪の巣窟になっているのでは、
あのような事件が続発しても不思議ではないと思いました。
映画としてみると、やや上滑りの印象もしますが、
製作者の意図だけはしっかりと伝わる内容でした。
こちらからもTBさせていただきます。
Posted by: masktopia | October 28, 2008 11:04 PM
はじめまして。コメント&TBありがとうございます。
私がフアレスに行ったときは、少女がこんなにたくさん行方不明になっているとは知りませんでした。犯罪が多いとは聞いていましたが、慄然とします。
Posted by: 雄 | October 29, 2008 03:45 PM