NYの記憶・8 生徒たち(5)
(学校の近く、ブロードウェーと西32丁目角の公園。3ドルのピザを買って、よくここで昼食を食べた)
学校には韓国人も多かったけど、わりと長いことクラスで一緒だった生徒が2人いた。
Kはいつもおしゃれなストリート・ファッションで授業に来ていた。レアものスニーカー、村上隆のイラストをプリントしたTシャツ、アフリカ系若者が好んでかぶる鍔の真っ平らなキャップ(鍔がカーブした普通のキャップは主に白人中高年のもの)。これはもちろんKの趣味なんだけど、それだけでなく彼の商売でもあった。
Kは法律を勉強しにニューヨークに来てるんだけど、カレッジと語学学校の合間にアルバイトをやっていた。韓国では手に入らないレアものスニーカーやTシャツ、スケートボードなどを買っては韓国に送り、それを仲間が高値で販売している。「今日はこういうのを見つけたよ」と言って、よくスニーカーやスケボーを教室に持ってきた。特に村上隆のTシャツやスケボーが人気なんだって。
Kは明るくて気持ちのいい男で、今どきの若者らしく日本に対して屈折した感情をまったく持っていない。僕より英語力があったから、授業で日本や韓国、アジアの話題になって僕が話に詰まると、よく助け船を出してくれた。
そんなKの悩みは、商売がうまくいっていることだった。もともとアルバイトで始めたのに、彼が韓国に送ったアイテムが売れて、けっこう金になっているらしい。これを本気で商売にしていくのか、それとも本来の目的である法律の勉強に立ち戻るのか。韓国でにしろ、アメリカでにしろ、弁護士その他法律で飯を食うんだったら、そっちも本格的にやらなきゃいけない。
僕が学校へ行くのをやめた7月には、Kはまだ結論を出していなかった。さて、どう決めたんだろう? 人ごとながら気になる。
Hは、僕が学校へ通いはじめて4、5日目に隣に座った女性。僕がハングルを読める程度の初歩的な韓国語の知識があったことから話がはずみ、その後もよく話すようになった。
20代半ばのHは、韓国でファッション関係の仕事を数年やったあと、ファッション・ビジネスの専門学校へ留学するためニューヨークに来た。仕事柄、彼女のファッション・センスはクラスでも目立つ存在だった。その上に可愛いくて東洋的な上品さを感じさせるから、クラスの若い男の子たちの注目を浴びていたと思う。
もっとも外見はしとやかだけど芯の強い韓国女性らしく、「ボーイフレンドとけんかして別れた」なんて話してくれたこともある。
Hは半年ほどしてクラスを変わり、顔を合わせることも少なくなった。そんな彼女に久しぶりに会ったのは今年の6月、学校近くの路上だった。
歩いていると、後ろからぺたぺたと足音が聞こえ、女性が携帯でしゃべっている声が近づいてくる。聞きおぼえのある声だなと思って振り返るとHだった。Hはトレーナーの上下を着て、素足にサンダル、髪はひっつめで、化粧っけもない。おまけに、半年前よりかなりふっくらしている。記憶にある、おしゃれなHとはだいぶ違うなあ。
こっちの思いを察したのか、Hは「20ポンド(9キロ)太っちゃった」と言った。こんなことは口が裂けても言えないけど、タイムトラベルして40歳のおばさんになったHに会ってしまった、ような気がした。
後で、そのことを日本人女性のクラスメートSに言ったら、「ニューヨークに慣れると緊張感がなくなって、女性はそうなりやすいの。私も気をつけなきゃ」と人ごとではない顔をした。
この言葉には注釈がいる。まず、ニューヨークでは肥満の女性は掃いて捨てるほどいる。それも超肥満といっていい太りようだから、日本人や韓国人が少し太ったくらいでは誰も気にかけないし、本人も気にならない。
さらに、ニューヨークの路上で流行のモードを身につけているおしゃれな女性はむしろ少数派に属する。東京では女性(特に若い女性)はみなおしゃれだけど、ニューヨークの大半の女性は普段履きのジーンズに安もののTシャツで平気で町を歩いている。男も同様で、僕も日本ではそんなことしないけど、部屋着のままちょっと外に出るのにまったく抵抗なかったもの。
Sが「気をつけなきゃ」と言ったのは、背後にそういう事情があるからだった。
ところでHよ、少しは減量したかい? おしゃれをしてるかい?
Comments