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September 26, 2008

NYの記憶・1 語学学校

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(クラスの仲間たち)


ニューヨークに滞在している間、午前中は語学学校に通っていた。滞在中のブログにはほとんど書かなかったので、学校の記憶を思い出すままに少し書いてみたい。

なぜ語学学校に行ったかといえば、そこに在籍していないと学生ビザが取れず、学生ビザがないと1年間滞在できなかったからだ。普通の観光ビザで滞在できるのは最長で3カ月。その他のビザは取るのがむずかしいから、1年間遊んで暮らすにはそれ以外の選択はなかった。

学校はアメリカン・ランゲージ・コミュニケーション・センター(ALCC)といい、マンハッタンの7番街と西33丁目の角、いわゆるミッド・タウンにある。ニューヨークの玄関口であるペンシルバニア駅の真向かいで、なぜかは分からないがペンシルバニア・ホテル内部の2階と3階に教室があった。

ペンシルバニア・ホテルは20世紀はじめに建てられた十何階か建ての古いビル。建設当時はニューヨーク最大のホテルだったという。帰国前にブルックリンのアパートを引き払って旅に出、再びNYに戻ってきたときに2泊したけれど、狭い部屋に古びた家具、バスルームの扉はちゃんと閉まらず、サービスも最悪、ホテル料金が法外に高いこの町で安いことが唯一の取り柄というホテルだった。

ホテルは取り壊してコンドミニアムに建て替えられることが決まっており、僕が帰国する直前に学校は2ブロックほど西の新しい教室に移った。ニューヨークの各所で進行している「ジェントリフィケーション」(高級化。これについては元のブログで何回か書いた)がミッド・タウンにも及んできたわけだ。

ホテルを歴史的建造物として保存しようという声も一部にあり、クラスでそれをテーマに議論したこともあったけれど、保存運動として具体的に動くまでには至らなかった。毎日ホテルのロビーを通り教室に通っていても、とりたてて歴史的建築としての特徴も美しさもなく、ただの古びたビルとしか見えなかったから、やっぱりな、という感じだった。

ALCCのオーナーはフランス系の、背が低く眼鏡をかけた男で、僕の担任教師だったJに言わせると「金儲け以外頭にない最悪の男」だった。教師の給料は担任のJ曰く「ウェイターより安い時給10ドル」だし、1クラスに多いときは30人近い学生が詰め込まれていた。

ALCCは宣伝が派手で、その意味ではニューヨーカーによく知られている。地下鉄車内やバスの車体に、しょっちゅう大きな広告が出る。

広告はいつも同じ絵柄で、東洋系の女の子が笑っている脇に「英語を学ぼう」とスペイン語・フランス語・中国語・韓国語・日本語・アラビア語など8カ国語で書いてある(クラスで、あの子は誰だろうと話題になり、南米出身の中国系とヒスパニックの混血だろうという結論になった。モデルなのか、本当の学生かどうかは分からないが、いかにも金のかかってない素人くさい広告だから、学生だった可能性はある)。ALCCを知らないニューヨーカーでも、「あの広告の学校」と説明すればたいてい分かった。

要するに、金をかけて大量に宣伝して学生を集め、辞めていく学生も多くて出入りが激しいから貧弱な施設でもなんとかなっている、といった学校だった。取り柄は授業料が比較的安かったことだろうか。渡米前、学生ビザを取るために調べたときも、ニューヨーク大学やコロンビア大学の附属語学学校などは僕の1年間の滞在費に相当するほど高額な費用がかかることが分かって早々にあきらめた。

本当を言えば、地域の教会やボランティア団体が英語を話せない移民向けにやっている小さな英語教室で、南米や中国から来た老人たちと一緒に勉強したかったんだけど、それではビザが下りない。ビザを取るには公認された語学学校に在籍しなければならず、そんなこんなで選んだのがALCCだった。


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Comments

雄さん、お久しぶりです。
そしてお帰りなさい。

語学学校の話を読ませてもらい、30歳過ぎに仕事を辞めて
ロンドンの語学学校に1年間通っていた頃のことを思い出しました。

それにしても1年間のニューヨーク生活、羨ましくもあり、
もうそこまでのパワーはないかなと思う身にとっては、
感心させられることも多々あり、
とにかく本当にお疲れ様でした。

新たなるDays of Books, Films & Jazzにも期待しています。

Posted by: nikidasu | September 27, 2008 at 01:01 AM

nikidasuさん、ご無沙汰してました。NYに滞在中、nikidasuさんのブログは時々拝見してました。特に食に関するものはおいしそうで、目の毒(!)でしたよ。

8月中旬に帰ってきたのですが、ぐだぐだしているうちに1カ月経ってしまいました。

ぼちぼち映画を見たり本を読んだりもしているのですが、どうも書く気が起こりません。年がいもなく、身体と心がうまく復帰できないというか。

とりあえず、書き残したニューヨークのことをメモしておこうと元のブログを再開することにしました。

これからnikidasuさんのブログをたびたび訪れて刺激をいただきたいと思います。


Posted by: | September 28, 2008 at 01:56 PM

偶然このページに来て、偶然が笑えてコメントした次第です。
というのも私が丁度同じ時期までそこに通っていたからですw
そして学校との金銭面のトラブルが未だ解決せず、たった今学校に電話してまたかなりムカっとさせられてイライラして「ALCC最悪」で検索したら、、このページが一番上に出てきました!
学校の描写かなり笑えます。
これも何かのご縁だと思って。。。
では!

Posted by: Mar | October 31, 2008 at 02:43 AM

ALCCにいらしたんですか。廊下ですれ違っているかもしれませんね。

確かにひどい学校でしたが、何人かはいい教師がいたこと、日本人がそんなに多くなく、世界中から集まってきた生徒と知り合えたことはよかったと思っています。

Posted by: | November 03, 2008 at 05:21 PM

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