« アートの宿 | Main | 『傷だらけの男たち』の音楽 »

July 16, 2007

『ボルベール<帰郷>』のオナラの匂い

Photo_29

ライムンダ(ペネロペ・クルス)が姉・ソーレ(ロラ・ドゥエニャス)のアパートを訪れる。ソーレは伯母の葬儀で故郷のラ・マンチャへ帰郷したとき、死んだはずの母・イレネ(カルメン・マウラ)の幽霊が現れると聞き、彼女の前に姿を現した母(この時点で観客には彼女が幽霊なのか本物か分からない)を妹には黙ってアパートに住まわせている。妹のライムンダには、母と仲違いしたまま別れてしまった苦い記憶がある。

ライムンダの声にきづいた母のイレネは、あわてて真っ赤なカバーがかかったベッドの下へ隠れる。人の気配を察したライムンダが部屋に入ってくる。ベッドの下では母がいたずらっ子みたいな瞳で、長いこと会っていない娘の足もとをじっと見つめている。ライムンダがつぶやく。「この匂い。まるでママがここにいて、オナラをしたみたい」。

画面から、本当に温かく、懐かしく、臭くもある母親のオナラの匂いがするような気がしたのは僕だけだろうか。その瞬間、僕はこの映画が好きになったのですね。アルモドバルの映画は時に観念や思いこみが過剰で、そんなときは辟易もするのだけど、一方、こんなふうに肌身に染みこんでくる激しい身体性をもっていて、そんなアルモドバルが僕は好きだ。

「ボルベール」というタイトルは、姉妹の(そしてアルモドバル自身の)故郷、ラ・マンチャ地方への帰郷であるとともに、不在だった母の家族への「帰郷」でもあるのだろう。『オール・アバウト・マイ・マザー』『トーク・トゥー・ハー』につづく「女性讃歌」3部作。女性、特に母性へのオマージュが、かなりのマザコンと想像されるアルモドバルらしいタッチで、イレネとライムンダ、ライムンダと娘のパウラ、2組の母と娘の葛藤と和解を通して語られてゆく。

これまたいかにもアルモドバルらしい、けれん味たっぷりの映像が映画を飾っている。母性を象徴する色としての赤が全編を通して印象的だね。ライムンダが身につけている深紅のカーディガンや赤い花柄のワンピース、名曲「ボルベール」を歌うときの赤白の縦縞のブラウス。ライムンダの娘が着ている真っ赤なドレスやTシャツ。赤いベッドカバー、そして姉妹が帰郷するのに使う赤い乗用車。まるで「赤の映画」と言ってもいいくらいに、赤が氾濫してる。

もうひとつは、丸い「円」。始まりと終わりがある直線ではなく、曲線が円環しているその丸い形は、やはり母性とそれが連綿とつづくさまに見合っていると考えていいんだろう。ライムンダは、いつでも大きな円形のイヤリングをしている。「ボルベール」を歌うときにそのイヤリングがかすかに揺れているショットは、ライムンダが母を許し、娘と心を通わせたことを見る者に伝えてくれる。

なかでも印象に残るのは、ライムンダが料理しているショットだろう。かつて働いていたレストランをオーナーが売り出したのをいいことに、勝手に店開きしたライムンダは、近所で映画を撮影していたクルーの食事を引き受ける(料理もまた母性と関係あることは言うまでもない)。

アルモドバルらしい真上からのショットが丸い皿を捉える。そして料理するライムンダを真上から見下ろしたショット。ペネロペ・クロスの豊かな胸が半円を描いて2つ、見る者を圧倒する。うーむ、とうなるしかない。アルモドバルはこのショットを撮るために彼女を起用したのか、と思えるくらい。

ペネロペ・クロス、僕は彼女がハリウッドで出演した映画をほとんど見てない。この映画の彼女は、娘が自分の夫を刺し殺しても少しもひるまず、おろおろもせず、娘にすべてを忘れるよう命じて自分で死体を処理する。前向きで、ユーモアがあって、強い母。一方、娘として、母・イレネとの苦い記憶をトラウマとしてもちながら、弱さを乗りこえようとする。そんなふうに娘として、また母として揺れる豊かな感情を感じさせて素晴らしい。

男がほとんど「刺身のツマ」程度しか出てこないのも、いかにもアルモドバル。

|

« アートの宿 | Main | 『傷だらけの男たち』の音楽 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 『ボルベール<帰郷>』のオナラの匂い:

» 「ボルベール帰郷」 ペネロペの豊胸・谷間 [ポコアポコヤ 映画倉庫]
カンヌ映画祭で最優秀脚本賞と最優秀女優賞を受賞したヒューマンドラマ。アルモドバル監督の映画に出て来る女性って、綺麗という訳ではない中年の女性(男性含む)のインパクトが強い印象だったのだけれど、今回のこの映画では... [Read More]

Tracked on July 16, 2007 08:32 PM

» ボルベール<帰郷> [シャーロットの涙]
太陽のように明るくたくましく、そしてしたたかで美しく・・・涙の向こう側にいつも笑顔 [Read More]

Tracked on July 16, 2007 09:46 PM

» ボルベール -帰郷- / Volver [我想一個人映画美的女人blog]
ずーっと楽しみにしてた、 ぺドロ・アルモドバル監督/脚本 最新作{/kirakira/} 『オール・アバウト・マイマザー』以来ペネロペは出演3度目となる{/shootingstar/} この二人の相性ばっちりなんだよね。 アルモドバル作品では、『トーク・トゥ・ハー』も面白かったけど 前作、ガエルくん主演の『バッド・エデュケーション』がいちばん{/fuki_suki/} 毎度毎度、女性の心情をうまく捉えてるのには驚かされる。 それと、スペインの情熱を思わせる鮮やかな色彩美{/hikari_pi... [Read More]

Tracked on July 16, 2007 10:01 PM

» 母と娘、女たち〜『ボルベール<帰郷>』 [真紅のthinkingdays]
 VOLVER  ライムンダ(ペネロペ・クルス)は美しく働き者で、激しい気性の女性。三年前に 両親を火事で亡くし、姉のソーレ(ロラ・ドゥエニャス)や一人娘のパウラ(ヨアンナ ・コボ)らと墓参りを欠かさない。失業... [Read More]

Tracked on July 17, 2007 07:58 AM

» 『ボルベール 〈帰郷〉』 Volver [かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY]
鮮やかに艶やかに朗らかに歌いあげられた女性讃歌。去年のカンヌ映画祭の時から、1年間待ち焦がれていたペドロ・アルモドバルの新作がやってきた。これって、TOHO系で堂々拡大上映されているんだよね。鬼才と呼ばれていたアルモドバルの作品がいつの間にそんなにポピュラーになったの?ハリウッドで顔の売れたペネロペが主演だから?『オール・アバウト・マイ・マザー』もすぎおが宣伝していたおかげだかで、結構な話題作になっていたのかもしれないけど。ともすればヘンタイちっくな、毒気を含んだ問題作を生み出してきたアルモドバルだ... [Read More]

Tracked on July 17, 2007 04:53 PM

» ★「ボルベール <帰郷>」 [ひらりん的映画ブログ]
今週公開作・・・普通なら、「ダイハード4.0」か「シュレック3」を見るところなんだけど・・・ 「ダイハード〜」は先週の先行で見ちゃったし・・・ なんたって、今作はペネちゃん(ペネロペ・クルス)主演だし・・・ という事で、いつも夜は空いてる「TOHOシネマズ川崎」で鑑賞。... [Read More]

Tracked on July 18, 2007 03:37 AM

» 『ボルベール<帰郷>』 [Brilliant Days]
(原題:VOLVER)2006年スペイン 昨年のカンヌ映画祭は、主な出演者である6人の女優すべてに最優秀女優賞を捧げたという! ペドロ・アルモドバルが贈る女性賛歌三部作最終章・・ 公式サイト スペインやメキシコの映画を観た後って、いつも部屋のインテリアやお洋服の原色鮮..... [Read More]

Tracked on July 19, 2007 09:54 PM

» ボルベール<帰郷> [ようこそ劇場へ! Welcome to the Theatre!]
”Volver”監督・脚本=ペドロ・アルモドバル。撮影=ホセ・ルイス・アルカイネ。音楽=アルベルト・イグレシアス。挿入歌”ボルベール”(作曲=カルロス・ガルデル)☆☆☆☆★★ [Read More]

Tracked on August 05, 2007 01:03 PM

» 『ボルベール<帰郷>』〜彼女たちのヒミツの埋葬〜 [Swing des Spoutniks]
『ボルベール<帰郷>』公式サイト 監督:ペドロ・アルモドバル出演:ペネロペ・クルス カルメン・マウラ ロラ・ドゥエニャス ブランカ・ポルティージョほか 【あらすじ】(goo映画より)失業中の夫の分まで働く、気丈で美しいライムンダ。だが彼女の留守中、夫が15歳に...... [Read More]

Tracked on August 15, 2007 05:38 PM

« アートの宿 | Main | 『傷だらけの男たち』の音楽 »