『フランドル』 焚き火の残り火
フランス映画『フランドル』の男たちは、徴兵されて戦場へ駆り出される。
彼らが連れて行かれるのは、荒れ果てた砂漠と岩山と、椰子の茂る密林が混在している場所。中東か北アフリカのイスラム教国らしい。でも、周知のようにフランスはブッシュの「イラク戦争」に反対したから軍を派遣してはいない。僕の知る限りフランスが中東・北アフリカのイスラム教国へ派兵したのは1990年の湾岸戦争と、はるかに遡って1950年代のアルジェリア独立戦争くらいではないだろうか。
『フランドル』の時代設定ははっきりしないけど、登場人物の服装や車からして現在の物語には違いない。でも、フランスは今、この地域へ軍を出していない。そのことを踏まえておかないと、この映画を誤解することになる。つまりこれは現実に沿ったリアルな物語ではないのだ。
フランス人がこの映画を見たら、ここに描かれた戦場をどう感ずるのだろうか。過去の湾岸戦争や、とりわけフランス人に深いトラウマを刻んだアルジェリアを思い出すだろうか(ロケはチュニジアだから、その風景は隣国アルジェリアを思い起こさせるに違いない)。あるいは、ひょっとしたら「イラクの戦場にいたかもしれない自分」を連想するだろうか(親米のサルコジ政権が成立した今となっては、なおさら)。
だからこの映画は、「9.11以後の世界の寓話」と考えればいいのだろう。
ほとんど何の感情も快楽もなく、次から次に男を求める女・バルブ(アンドレイ・ルルー)。バルブの幼なじみで、「セックスするが恋人ではない」デメステル(サミュエル・ボワダン)は、戦場で友を見捨て、裏切って生き延びる。デメステルと同郷の仲間たちは、戦場で村人を殺し、女性を強姦し、逆に捕らえられ復讐されて、死んでゆく。戦場の男たちの狂った神経にシンクロするように、バルブも精神を病んでゆく。
となれば、ブリュノ・デュモン監督の故郷だというフランドル地方の麦畑が広がる美しい農村風景や荒涼とした戦場の風景も、そこに在るありのままの風景ではなく、ほとんど登場人物たちの心を映したものに見えてくる。
雪が降りはじめた草地で、バルブと出征前のデメステルたちが焚き火をしながら言葉少なに座っている。彼らが見つめる、燃え尽きようとする枝の白い灰と赤い残り火はこの世界の寂しさそのもののようだ。
過酷な世界と、その世界に翻弄されながら最後に確かめられるささやかな愛。言葉にしてしまうと陳腐な「寓話」かもしれないけれど、この風景があるからこそ、それが五感に訴える豊かな、でも痛い物語として感じ取ることができる。


Comments
こんにちは。
映像をまともに受け取ると理解し難い面がたくさんあるのですが、精神世界のお話だとするとなんとなく向き合える気がします。でも向き合うって痛いですね。
いまだにあれこれ考えさせてくれる作品です。
Posted by: シャーロット | May 27, 2007 03:06 PM
この国はイラクに自衛隊を出しているとはいえ、この映画を自分のこととして感じる環境は、幸か不幸かありませんね。でも戦争とはまた違う過酷な現実を抱えていることに変わりはありません。だからこそ、彼らのことを「痛く」感じられるのでしょうか。
Posted by: 雄 | May 28, 2007 10:30 AM