『パフューム』の奇っ怪
最初の10分でこれはすごいぞと思い、でも続く30分でどうにも乗れず、最後に至って思わず笑い出してしまった。『パフューム』はなんとも奇っ怪な映画だったなあ。
冒頭のすごさは、18世紀パリの汚物と汚臭に満ち満ちた細密描写。香りと香水を主題とした映画に、それとは正反対の汚物と汚臭から入るのがいい。
汚れた屋台がひしめくパリの魚市場。魚をさばいた後の臓物が無造作に捨てられ、ネズミやウジがうごめく屋台の下で、売り子の父なし子として主人公のジャン=バティスト(ベン・ウィショー)が産みおとされる。250年前のパリの街並みを再現したセットと、そこで繰り広げられる人々やら生き物やらのおぞましくもグロテスクな姿が、その後の展開を期待させてぞくぞくさせる。これは自分好みの映画かもしれないな。
(以下、ネタバレです)皮なめし職人の下で働くジャンは、街ですれちがった少女のふくよかな体臭に惹かれ、彼女の跡をつけて遂には殺してしまう。「ある人殺しの物語」(サブタイトル)の最初の殺人。このパリの薄暗い裏町での犯罪のシーンも、ジャンがやがて同じような手口で次々に処女を殺して裸にし、その匂いを奪うことを予想させて緊迫している。いよいよ、面白くなりそう。
でもその後、異常に鋭敏な嗅覚をもっていることを自覚したジャンが調香師(ダスティン・ホフマン)に弟子入りし、師をしのぎ、究極の香水を求めて連続殺人に手を染める展開がいかにもかったるい。
ひとつには、ナレーションを多用したことがあるかもしれない。第三者の視点からのナレーション(ウィリアム・ハート)が、ほんとなら映像やセリフで見せるべきところをナレーションで代用してしまい、物語を説明する以上の役割を果たしていないように感じられる。
いまひとつは、追う者と追われる者というミステリーの基本の対立構造をつくらなかったこと。そんな対立構造がないのは原作も同じだったけれど、原作では作者がジャンの内面に深く入り込むことによって小説の緊張を維持していたように記憶している(20年近く前に読んだきりなので確信はない)。
そしてラスト。ここでは原作から大きく離れた結末(と思う)が用意されている。エロチックなテイストが命の映画に、エロチシズムのかけらもない裸の乱舞とは、そのあまりの唐突さに思わず失笑してしまった。この70年代のLOVE & PEACEふうなラストはどこから来たんだろう?
香りというフィルムに映らないものをテーマにし、映像に映らないものがすべてを支配するさまを映像化するむずかしさは分かるけど、だからってこれかよ? って気がする。昔、アントニオーニの映画にこんなのがなかったっけ?
20年ほど前に読んだ原作は、この映画の冒頭10分のグロテスクでエロチックなテイストを最後まで保った傑作だった。ディテールは忘れてしまったけれど、小説の官能的な空気は今でもこの手で触れるように覚えている。
250年前のパリ。裸にされた処女の連続殺人という猟奇的犯罪。都市の腐臭と、それを隠そうと貴族階級が専有する香水。あまりにも魅力的な素材で、スピルバーグやスコセッシが映画化を望んだというのもよく分かる。
トム・ティクバ監督の『ラン・ローラ・ラン』は不思議な面白さのある映画だったけど、ひねったつもり(?)のあのラストはないよな。冒頭のエロチックなグロテスクさを押し通してほしかった。


Comments
雄さん同様オープニングの市場のシーンには瞠目させられ、本当に期待感は高まりました。
しかし、なのに、何故、と気持ち的にはやはり竜頭蛇尾な作品でした。
それにしても「衝撃」というか「笑劇」のモブシーン!!
アントニオーニの『砂丘』、その他諸々を思い出して笑ってしまいました。
いくらなんでも、あれは、うーっ…(苦笑)
Posted by: nikidasu | March 20, 2007 11:34 PM
ベン・ウィショーの演技がアレだから、いったいどこでこの映画が破綻するかと思って観ていたのですが、ホフマンが出てきてほっとしました。かったるかったですか?
逆にジャンが独り立ちを始めたところからの方がちょっとかったるかったように思うのですが。次から次への殺人と逃げていく親子を追いつめたあたりまで(飛躍しすぎで)大味の感が否めなくて。
原作はもっと精緻で、それこそ堪能できるものなのでしょうけど。
ナレーション、ウィリアム・ハートだったんですか...
気がつきませんでした。
Posted by: kiku | March 21, 2007 12:10 AM
>nikidasuさま
そうか、アントニオーニの『砂丘』でしたね。このラストを監督がどこからどう発想したのか、いまだに理解できません。まさかアントニオーニその他70年代へのオマージュ(?)じゃないですよね。
>kikuさま
ホフマンは安心して見ていられましたが、おっしゃるように舞台がグラースへ移ってからがちょっとね、でした。ラストを見て、kikuさんがB級コメディと断じた(?)理由が分かりました。ナレーションのウィリアム・ハートはエンドロールを見てあれ? と思ったので、確認してなく、確信はありません。
Posted by: 雄 | March 21, 2007 12:13 PM
こんばんは。
ぼくもこの映画が楽しめたのはホフマンのところまででした。
ラストはアントニオーニ『ザブリスキー・ポイント』、
『砂丘』でしたね。
いろんな方が、そのことを指摘し始めてくれていて
心強くなりました。
でもnikidasuさんの「笑劇」というのはいいですね(笑)。
ちなみに主人公の設定はパゾリーニ『テオレマ』かなと…(汗)。
Posted by: えい | March 21, 2007 10:16 PM
えいさんのブログ、いつも楽しみに拝見させていただいています。
どう考えても、この映画(小説)にエロチシズムのかけらもないLOVE&PEACEふうなラストはふさわしくないと思います。同じ白昼夢なら、たとえば主人公が処刑台に張りつけられた瞬間、黒雲が天をおおい、豪雨と青白い雷光に群衆のまぐわいが照らし出されるとか(これも陳腐なイメージですが)、一貫したトーンで絵づくりしてほしかったです。
Posted by: 雄 | March 23, 2007 11:04 AM