『エレクション』のラストシーン
ジョニー・トーの画面といえば、『フルタイム・キラー』や『PTU』『ブレイキング・ニュース』を引き合いに出すまでもなく、クレーンを駆使した移動撮影や、手持ちカメラで激しく動きまわる長回し、真上や真正面にカメラを据えて遠近感をくらませたショット、広角レンズの画角や影を生かした黒い画面なんかが思い浮かぶ。
そんな「ジョニー・トー印」のアクション・シーンが次々にテンポよく積み重ねられて、彼の映画のリズムができあがる。でも『エレクション』でジョニー・トーは、そんな自らの個性を刻印するショットをあえて封印したんだろうか。映画の後半、まるで昔の東映時代劇みたいに竜頭棍という「ボスの象徴」を奪い合うあたりになってやっと、おお、ジョニー・トーの映画になってきたな、と思う。
そこまでは、香港マフィアの会長を選ぶ選挙(エレクション)というテーマのせいだろうか、室内シーンが多いこともあって、彼らしい快調なテンポがいまひとつ出てこないし、コテコテの「トー印」の画面も散発的に繰り出されるだけのように思えた。
もちろんジョニー・トーのことだから、興奮させてくれるシーンはある。次期会長は仁義を重んずるロク(サイモン・ヤム)なのか、武闘派で金儲けにたけたディー(レオン・カーファイ)なのか、長老を中心に話し合う逆光の室内シーンはいかにも彼らしい黒の画面だし、ディーが自分になびかない組員を木箱に詰めて、市街の高層ビルの背後にそびえる岩山から突き落とすシーンもなかなかのもの。
だけど、それらがそれぞれのシークエンスの面白さにとどまって、1本の映画の流れを構成するリズムになっていかない。いや、もちろんそれなりに楽しめるんだけど、香港でいくつもの賞をもらい、カンヌにも出品されたというから期待が大きく、それだけにちょっと肩すかしをくわされた気がするんだな。
ラスト・シーンも気になる(以下、ネタバレです)。ふつうノワール、ハードボイルド系の映画は、人を殺してドバッと血を見る場面でも、あくまで美学的に処理しリアリズムではやらないことが多い。ところがこの映画では、執拗なくらいのリアルさで相手を殺すところを映し出す。もちろんこれは、そこまで仁義に厚く家庭思いだったロクの内側に渦巻いているものを描くためなんだけど、映画全体のタッチをそこねてしまったように思う。
もうひとつ、あくまで暴力を避け、子煩悩な家庭人であるロクの「正義派」ぶりは、たぶんこのラストシーンから逆算されている。その落差の激しさをラストでどんでん返しさせるためなんだろうけど、そこへ行くまでのロクの「善人ぶり」がやや退屈なのが、映画全体のリズムをこわしてしまったんじゃないかな。
僕はジョニー・トーのノワール、アクションものしか知らず、他のジャンルの映画を見てないんで断定的な物言いはできないけど、ジョニー・トーは定型がきっちりあるジャンルものの映画をつくっても、定型をはみだす自分の工夫をいたるところに盛り込みたいタイプの監督かもしれない。
定型をきっちり守り、それがはまった時にすごい映画になるタイプの監督(最近の香港映画でいえば『ワンナイト・イン・モンコック』のイー・トンシン)ではなく、トーみたいなタイプの監督(日本でいえば鈴木清順)は、面白い映画とそうでもない映画の落差がけっこう激しかったりする。
この映画、最近のジョニー・トーの充実ぶりからするとちょっとハズレだったかも。レオン・カーファイとサイモン・ヤム、主演2人もこの作品でそれぞれ香港で主演男優賞を取ってるけど、いまひとつ魅力を感じなかった。サイモン・ヤムはラム・シューと同じくトー映画の常連で、脇で光る好きな役者なんだけどな。
Comments
こんばんは、TB&コメントありがとうございました。
どうもこちらからはTBが反映されないようなので、
コメントのみにて失礼します。
私は他ジャンルのジョニー・トー作品も見ているのですが、
おっしゃるとおりだと思います。
ジャンル映画であっても、ノワール作品のような撮影をしたり、
変な笑いを持ち込んだりするのがジョニー・トーらしいところですね。
ただ、『エレクション』は、あえてその色を抑えて、香港の黒社会を
描くことに重心を置いたのではないでしょうか。
変に期待すると肩すかしを食らわせるのがジョニー・トー作品の
特徴でもあります。私は『PTU』を最初に見たときは、銃撃シーンを
期待したあまり、かのラストに驚きあきれてしまいました。
Posted by: 丞相 | January 31, 2007 08:19 PM
「変に期待すると肩すかしを食らわせる」。確かに。そういう監督いますよね。ジョニー・トーに限らず、香港はけっこう多いかも。昔、東映の中島貞夫なんかも、期待してはハズされることを繰り返していたことを思い出しました。
Posted by: 雄 | February 01, 2007 12:09 PM
TB&コメントをありがとうございました。
私は、ジョニー・トー先生初体験の映画だったのですが。
ジョニー・トー先生ファンの方々には、同じような評価をされている方が多いようですね。
いやぁ、これがランクの下なら、上位の作品への期待が高まります。
これから、徐々に楽しませてもらいます^^
私は、黒社会を少し下の目線から見透かしているような、リアルな雰囲気が良かったです。
監督は、元々、清王朝の末期から続く、香港やくざの世界を描きたかったようです。
時間がなくて、現代だけに絞る形になったらしいです。
着眼が壮大な監督さんですね。
Posted by: hoppen | February 04, 2007 01:59 AM
こんばんは。
私もちょっと一定のイメージのものを期待しすぎてしまったようで、今作はあまり楽しめませんでした。
私は夜舞台の『PTU』が大好きなんですが。
Posted by: かえる | February 04, 2007 09:03 PM
>hoppenさま
「滅清復明」の義和団(マフィアとルーツは一緒でしょう)あたりから現代までの香港黒社会抗争史を、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』みたいな年代記にしてくれたら面白いかもしれませんね。私もジョニー・トーをそんなに見ているわけじゃないんですが、香港映画のしたたかさを感じさせる監督ですね。
>かえるさま
ジョニー・トーの夜の映像はいいですね。照明の当て方や闇の切り取りが独特で。『PTU』は一晩の話だから全編夜でしたけど、『エレクション』も夜のシーンは彼らしいショットがたくさんあったように思います。
Posted by: 雄 | February 05, 2007 04:11 PM