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January 30, 2007

『エレクション』のラストシーン

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ジョニー・トーの画面といえば、『フルタイム・キラー』や『PTU』『ブレイキング・ニュース』を引き合いに出すまでもなく、クレーンを駆使した移動撮影や、手持ちカメラで激しく動きまわる長回し、真上や真正面にカメラを据えて遠近感をくらませたショット、広角レンズの画角や影を生かした黒い画面なんかが思い浮かぶ。

そんな「ジョニー・トー印」のアクション・シーンが次々にテンポよく積み重ねられて、彼の映画のリズムができあがる。でも『エレクション』でジョニー・トーは、そんな自らの個性を刻印するショットをあえて封印したんだろうか。映画の後半、まるで昔の東映時代劇みたいに竜頭棍という「ボスの象徴」を奪い合うあたりになってやっと、おお、ジョニー・トーの映画になってきたな、と思う。

そこまでは、香港マフィアの会長を選ぶ選挙(エレクション)というテーマのせいだろうか、室内シーンが多いこともあって、彼らしい快調なテンポがいまひとつ出てこないし、コテコテの「トー印」の画面も散発的に繰り出されるだけのように思えた。

もちろんジョニー・トーのことだから、興奮させてくれるシーンはある。次期会長は仁義を重んずるロク(サイモン・ヤム)なのか、武闘派で金儲けにたけたディー(レオン・カーファイ)なのか、長老を中心に話し合う逆光の室内シーンはいかにも彼らしい黒の画面だし、ディーが自分になびかない組員を木箱に詰めて、市街の高層ビルの背後にそびえる岩山から突き落とすシーンもなかなかのもの。

だけど、それらがそれぞれのシークエンスの面白さにとどまって、1本の映画の流れを構成するリズムになっていかない。いや、もちろんそれなりに楽しめるんだけど、香港でいくつもの賞をもらい、カンヌにも出品されたというから期待が大きく、それだけにちょっと肩すかしをくわされた気がするんだな。

ラスト・シーンも気になる(以下、ネタバレです)。ふつうノワール、ハードボイルド系の映画は、人を殺してドバッと血を見る場面でも、あくまで美学的に処理しリアリズムではやらないことが多い。ところがこの映画では、執拗なくらいのリアルさで相手を殺すところを映し出す。もちろんこれは、そこまで仁義に厚く家庭思いだったロクの内側に渦巻いているものを描くためなんだけど、映画全体のタッチをそこねてしまったように思う。

もうひとつ、あくまで暴力を避け、子煩悩な家庭人であるロクの「正義派」ぶりは、たぶんこのラストシーンから逆算されている。その落差の激しさをラストでどんでん返しさせるためなんだろうけど、そこへ行くまでのロクの「善人ぶり」がやや退屈なのが、映画全体のリズムをこわしてしまったんじゃないかな。

僕はジョニー・トーのノワール、アクションものしか知らず、他のジャンルの映画を見てないんで断定的な物言いはできないけど、ジョニー・トーは定型がきっちりあるジャンルものの映画をつくっても、定型をはみだす自分の工夫をいたるところに盛り込みたいタイプの監督かもしれない。

定型をきっちり守り、それがはまった時にすごい映画になるタイプの監督(最近の香港映画でいえば『ワンナイト・イン・モンコック』のイー・トンシン)ではなく、トーみたいなタイプの監督(日本でいえば鈴木清順)は、面白い映画とそうでもない映画の落差がけっこう激しかったりする。

この映画、最近のジョニー・トーの充実ぶりからするとちょっとハズレだったかも。レオン・カーファイとサイモン・ヤム、主演2人もこの作品でそれぞれ香港で主演男優賞を取ってるけど、いまひとつ魅力を感じなかった。サイモン・ヤムはラム・シューと同じくトー映画の常連で、脇で光る好きな役者なんだけどな。


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January 26, 2007

色川武大エッセイズ

この1年ほど、風呂に入るとぬるめの湯に30分近くつかっている。その間、手持ちぶさたなので本を読む。むずかしい本は読めないから軽いやつ。しかも浴槽から手を出して本を支えなきゃいけないので、内容だけでなく物理的にも軽いのがいい。ときどき眠くなってカクンとなり、本を濡らして、あっ、しまった! なんてこともあるから、その点でも単行本ではなく安価な文庫本がいい。

お気に入りなのが、筑摩文庫のエッセイ・シリーズ。「田中小実昌エッセイ・コレクション(6巻)」「吉行淳之介エッセイ・コレクション(4巻)」と湯のなかで読破してきて、「色川武大・阿佐田哲也エッセイズ(3巻)」にはまっている。書棚には次の「風呂本」として「野坂昭如エッセイ・コレクション(3巻)」も用意してある。

4人のシリーズどれもテーマごとに既刊本から再編集されているから、どの巻を手にしてもたいてい3分の1から半分近くは読んだ記憶がある。でも読んでないのもあるし、彼らのエッセイは何度も噛みしめられる含蓄があり、読んで楽しいからついつい買ってしまう。筑摩さんの商売もうまい。

いま読んでるのは『色川・阿佐田エッセイズ』2巻の「芸能」。色川の戦後体験を軽くおさらいした「戦後史グラフィティ」を巻頭に、「芸人たち」「唄」「映画」と3つの章が立てられてる。

僕は戦後生まれだから、この本で取り上げられた戦中・戦後の芸人たち、志ん生や金語楼やエノケンや左ト全の姿には、子ども時代から10代のころ、それこそ「ALWAYS」みたいなテレビで見た彼らの記憶が重なる。

左ト全といえば、東映大泉撮影所でバイトしていた学生時代、網走刑務所を模した門の脇の池で昼飯を食べていたら、そばで弁当を広げていたト全老から、「おめえ、これ食いな」とウィンナー・ソーセージをもらったことがある。そうだ、そんなこともあったなあと思い出すほんわかした気分が、風呂の読書にちょうどいいね。

でもうっかり油断していると、色川武大のエッセイが隠しもっている鋭い刃が時にぎらりと光って、うーむとうなることもある。「故国喪失の個性──ピーター・ローレ」では、映画『絹の靴下』での不器用なローレのダンスを観ながら、色川少年が涙ぐむ場面がある。

「ダンスひとつ、人と肩を並べて踊れないような、実に独特の格好で、長いことよく生きてきたね、と私はスクリーンの彼にささやきかけた。私もパラノイア的気質で、子供のころからどうしても人々の列からはみだしてしまう。それでひっこみ思案だけれども、内心は頑固で、おくればせに列のあとからついていくということをしない。ピーター・ローレの不思議なダンスは象徴的でなにをやっても自己流の不細工な形にこだわってしまう」

これなど、何度読んでも慄然とする『怪しい来客簿』にそのままつながる世界じゃないか。

ほかにも、映画『逢いびき』に触れて、「生きる姿勢が、センチメンタルではあっても、ロマンチックではない」なんて文章もある。え? 「ロマンチックではあっても、センチメンタルではない」じゃなくて? 「センチメンタルではあってもロマンチックではない」姿勢をよしとするって、どういうこと? なんて考えだすと、長湯がいよいよ長湯になってしまうのだ。  

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January 20, 2007

『ラッキーナンバー7』のアート・センス

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気になるショットがいくつも出てくる。気になるというより、デジャヴを感じたと言ったらいいか。

ブラウンで統一された時代がかった部屋で鳴り続ける電話。アップでもなく、遠景でもなく、画面上3分の2ほどに壁を大きく入れ込んだベッドサイド。一見中途半端なフレームで切り取られた空間に鳴る古い型の電話を、低いアングルで真正面から捉えたショットが、それがどんな意味を持つのか見る者にはわからないまま繰り返し挿入される。

あるいは空港のロビー。光が射し込んだ白い無人の空間に並ぶ、スカイブルーの合成樹脂のイス。白い光のなかの青の四角形。色も形も極端に単純化された空間を、これも低い位置から真正面で捉えたショット。

対立するボス(モーガン・フリーマン)とラビ(ベン・キングズレー)が立て籠もる、向かい合わせた高層ビルは茶褐色のレンガ造りで、20世紀初頭に建設されたニューヨークの初期の摩天楼だろうか。その摩天楼の尖塔がビル群に大きな影を投げかけているショット。

あるいはクラシックだったりモダンだったりする部屋の壁紙。スレブン(ジョシュ・ハートネット)とリンジー(ルーシー・リュー)が絡む部屋の壁紙が古さと新しさを混在させたようなセンスで選ばれ、カメラ位置はここでも決まって壁に対して直角の真正面が選ばれている。

こういうショットに僕は現代写真の影を感じた。さまざまな姿の摩天楼は20世紀はじめのアメリカ現代写真を象徴するイメージ。それはこの映画がニューヨークを舞台にしているから当然かもしれないけど、それ以上にアメリカ映画にもかかわらずウォルフガング・ティルマンズをはじめとするヨーロッパ系の現代写真のセンスを感じたのだ。

あれれ、と思ってスタッフを調べると、監督のポール・マクギガンはスコットランド出身でもともとはカメラマン。撮影のピーター・ソーヴァもチェコ出身で、マクギガン監督とずっと組んでいる。1980~90年代にティルマンズらが活躍した雑誌『FACE』や『i-D』はロンドンのアート・シーンで広く読まれていたから、マクギガンやソーヴァの映像感覚がティルマンズらの現代写真からインスパイアされた可能性は、あながち僕の思いこみだけではないかもしれない。

『ラッキナンバー7』みたいに話が二転三転するコンゲームは、ハリウッドでも『スティング』とか『グリフターズ』とか傑作がいくつもあるジャンル。そういうお遊びの要素をたっぷりもったエンタテインメントに現代的なアート・センスをもちこんだのが、この映画の面白さじゃないかな。

モーガン・フリーマン、ベン・キングズレー、ブルース・ウィリスとベテランの役者を見てるだけでも楽しいけど、ジョシュ・ハートネットとルーシー・リューに僕はあまり魅力を感じず、2人のシーンではちょっと退屈して寝てしまった。部分麻酔で歯を抜いた翌日に見たので、眠くなったのがこっちの体調のせいなのか、映画のせいなのかはよくわからないんだけど。

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January 13, 2007

正月は黒澤明の本と映画

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正月休みには黒澤明の『天国と地獄』を見て、田草川弘『黒澤明 vs. ハリウッド』(文藝春秋)を読んだ。

『天国と地獄』を見るのは40年ぶり。冒頭数十分、主人公が住む丘上の邸宅を一歩も出ない室内シーンから一転して特急こだまでの身代金受け渡しに転換するダイナミックな演出には、高校時代にはじめて見たときもそうだったけど、映画的興奮ってこういうものだよね! と叫びたくなる迫力がある。

三船敏郎、仲代達也、志村喬、山崎努と勢揃いした「黒澤組」主役級はもちろん、たったひとつのシーン、ひとつのセリフのために個性的な脇役を惜しげもなく使うぜいたくにも感嘆する。高度成長以前の都市風景(横浜)が見られるのも嬉しい。いかにも黒沢らしいヒューマニズムと家父長的なセリフに良くも悪くも時代とのズレを感ずるけど、超重量級のエンタテインメント。ハリウッドが黒澤を買いにくるのも当然だね。

一方、去年の大佛次郎賞を受賞した『黒澤明 vs. ハリウッド』は、黒澤がハリウッド・メジャーの20世紀フォックスと組んで、撮影を始めた直後に「解任」された『トラ・トラ・トラ!』事件の内幕を、主にアメリカ側の資料から発掘したノンフィクション。読みだしたら面白くてやめられず、風呂に持ち込み、明け方までかかって読んでしまった。

著者は若き日、『トラ・トラ・トラ!』の黒澤脚本の英訳とフォックス側脚本の日本語訳を担当した。当時の黒澤に密着していたわけで、だから黒澤に愛情をもちつつ、でも日米の資料を突きあわせて製作現場で何が起こったかを冷静に追跡している。

悲劇のいちばん大きな原因は、たぶんそうだろうなと予想されるように、ハリウッド流映画づくりと日本流(というより黒澤流)映画づくりの違いを、主に黒澤側が理解していなかった点にある。1960年代、まだ日本企業が本格的に海外進出して欧米流のビジネスになじむ以前の話だから無理もない。黒澤プロ社長の黒澤明は、どうやら契約書すら読んでいなかった(読まされなかった)ようだ。

契約書によると、フォックスは真珠湾攻撃を日米双方の視点から描く『トラ・トラ・トラ!』の日本部分を黒澤プロダクションに下請けに出した。黒澤が責任を持つのは日本部分だけで、しかも最終的な編集権はフォックスにある。でも当時の発表では、フォックスと黒澤プロが共同製作し、黒澤は総監督的な立場にあると説明されている。黒澤は脚本段階でアメリカ側の脚本と全体構想にたくさんの注文をつけたし、アメリカ部分の撮影に立ち会うつもりでもいた。

フォックス社長の大物プロデューサー、ダリル・F・ザナックと、日本部分の製作を担当したエルモ・ウィリアムス(アカデミー編集賞受賞者)は、黒澤のそんな作家的意欲と「わがまま」を最大限尊重し、好意をいだいている(むろん、冷酷な契約書の範囲内でのことだが)。

ザナックと黒澤のあいだには、最後まで信頼関係があったことをうかがわせる手紙のやりとりがあった。だからもし黒澤が「解任」されずに映画が完成していれば、黒澤が意図した山本五十六をシェークスピア悲劇の主人公になぞらえる構想は、かなりの程度実現したかもしれない。

それなのに撮影をはじめて1カ月目に、なぜ黒澤は「解任」されたのか。この本を読むかぎり、根本に日米の誤解があったことは確かだとしても、直接の原因は「黒澤vs.ハリウッド」というより「黒澤 vs. 日本映画界」であり、また黒澤自身にあった。

ひとつは、日本側プロデューサーの未熟と背任。黒澤プロのマネージャー、青柳哲郎はアメリカの小さな映画プロダクションで働いていた青年。ハリウッド・メジャーの映画製作を経験したことはないが、英語ができることから黒澤プロから声がかかり、フォックスとの交渉は彼が一手に引き受けた。

青柳は黒澤に契約の細部を伝えなかったようだ。それは好意的に考えれば、黒澤にプロダクションの経営者ではなく作家として思うままに仕事してもらうための配慮だったかもしれない。だから黒澤は、例えば『天国と地獄』を東宝と黒澤プロが共同製作したケースと同様に考え、フォックスは金が出すが口は出さないものと捉えていたかもしれない。

黒澤は日本部分のみの「下請け」だとは思っていないから、特にアメリカ側監督が「格下」のリチャード・フライシャーと決まってからは「総監督」(契約のどこにも書いてない)としてふるまってもいた。

青柳は契約だけでなく金の流れもひとりで仕切り、結果としてフォックスから黒澤プロに支払われた金の一部が行方不明になっている。

もうひとつの原因は黒澤の東宝への不信。当時、黒澤プロは東宝に莫大な借金をかかえていた。黒澤プロと東宝の契約では儲けも赤字も両者に分配されることになっていたから、黒澤が時間と金をかけて大作をつくればつくるほど、興行的に失敗した場合(実際、『隠し砦の三悪人』で失敗した)の黒澤プロの借金がかさむ。そうしたことから黒澤は東宝を離れ、「黒澤組」のいる東宝砧撮影所ではなく東映京都撮影所での撮影を選んだ。

当時、東映は時代劇から任侠路線に転換し、任侠ものの多くは東京撮影所で撮られていたから、京都撮影所は戦前からの本流の誇りをもちつつも、貸しスタジオ的な使われ方もしていた。

だから外部の、しかも巨匠と呼ばれる監督に対しては、冷ややかな空気があったようだ(東映東撮の深作欣二もはじめて京都で『仁義なき戦い』を撮ったとき、やりにくかったと語っている。僕は当時京都で撮影中の深作に仕事でインタビューしたことがあるので、そのへんの空気はよくわかる)。

そんな雰囲気のなかでクランクインした黒澤はあくまで「天皇」の態度を貫き、しかもスタッフに対し素人の出演者がスタジオに入るとき一同海軍式敬礼で迎えるといった奇妙なやり方を強いた。「天皇」の「無理難題」や「奇行」に、スタッフは就労拒否してストライキの挙に出る。このあたり、全国の大学にバリケードが築かれていた1960年代後半の時代的空気も黒澤にマイナスした。

そしてこの本を読んで感じた「解任」のいちばん深い原因であり謎でもあるのが、山本五十六はじめ主要な役のほとんどに役者としてはまったくの素人である、元海軍将校の「ほんもの」を充てたことだ。

なるほど、集められた素人(多くは企業経営者)は「ほんもの」の元海軍軍人であるに違いない。でも黒澤はこの映画でシェークスピア悲劇を撮ると言っていた。膨大なセリフがあり、それ以上に悲劇の提督や参謀を身体全体で演技しなければならない。素人を使ってドキュメンタリー的なリアリズムの傑作をつくりあげたネオ・リアリズモなどの場合とは違って、しっかりした演技とセリフが要求される。現実世界の「ほんもの」からスクリーン上の虚構の「ほんもの」を引き出すことに、黒澤にはそれなりの計算があったのだろうか。

これはこの本の枠を超える話になるけど、想像するに黒澤には三船敏郎に対する不満があったのかもしれない。当時の黒澤=三船コンビの世界的名声のなかで、黒澤が山本五十六を主役に映画を撮るとなれば、誰が考えても山本役は三船であり、フォックスもそれを期待し、三船自身もそれを望んでいた。にもかかわらず黒澤は三船でなく素人を選んだ。

黒澤はシェークスピアの「マクベス」を翻案した『蜘蛛の巣城』で、三船をマクベス役で起用している。三船はまるで能役者のような表情と身体でシェークスピア劇を演じ、それは狂気をはらんだ男が破滅への道を突っ走るもの狂いにあふれていた(余談だけど僕はこの映画を最初に小学生のころ黒澤映画と知らずに見て、なんだか訳がわからないままそのあまりの暗さ、異様さにびっくりしたことを鮮明に覚えている)。

でも『天国と地獄』から『赤ひげ』あたりになると、三船の演技はかつての野性的な身体の爆発と、時に自分の身体を持てあましているような愛嬌がなくなって一本調子になり、『羅生門』や『七人の侍』で世界的評価をえた三船敏郎という役者の「格」を自ら模倣しているような気配がただよってくる。黒澤はそこを嫌ったのか、あるいは2人のあいだに他人からは伺いしれないなにかがあったのか(これをきっかけに、2人は袂を分かった)。

撮影現場で、多数の素人役者をコントロールできず、スタッフも離反し、黒澤は日ごとに「狂って」ゆく。孤立し、深酒で倒れる黒澤に、プロダクションは右往左往し、果ては内紛を起こす。現場で黒澤を支えるスタッフもいない。撮影開始から「解任」までの1カ月を、アメリカ人スタッフが記した報告書をもとに再現していく「破滅への秒読み」の章は圧巻。

シェークスピア悲劇をつくろうとした黒澤明自身がシェークスピア劇を演じてしまった「事件」のいきさつが、40年後に発掘された資料をもとに明らかにされた。以後、黒澤のフィルモグラフィーには長いブランクができ、復帰した以降の黒澤の映画からかつての輝きを感ずることはなかった。

ちなみに僕の黒澤映画ベスト3は『酔いどれ天使』『野良犬』『用心棒』。最初の2本は黒澤のヒューマニズムとダイナミックなアクションと戦後という時代の混沌が激しく結びついた作品として、『用心棒』は最良のエンタテインメントとして、いずれも傑作だと思う。

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January 06, 2007

『武士の一分』の職人技

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新年最初のエントリをこんな文章ではじめるのはなんとも具合が悪いけど、実は山田洋次の映画が好きじゃない。

「寅さん」シリーズは初期の2、3本しか見てないし、『幸福の黄色いハンカチ』以後はすっかり遠ざかってしまった。松竹ホームドラマの伝統を継いだ職人肌のうまさはわかるんだけど、そこにつけ加えられる説教くさい(と僕には思える)ヒューマニズムがどうも肌に合わない。

久しぶりに見たのが藤沢周平の海坂藩もの『たそがれ清兵衛』。時代劇だし、下級武士を主人公にした藤沢周平のつましく哀しい世界をどう表現できるかが勝負だから、押しつけがましいイデオロギー臭も目立たず、安心して楽しめる(泣ける)映画になっていた。

もっとも、「泣ける」からいいわけじゃない。泣けるでしょ、さあ泣きなさい、とばかりにそれらしい設定を恋人や親子に用意し、それらしいセリフをしゃべらせ、音楽も感動的に高鳴って、「泣く」んじゃなく「泣かされる」映画には、「泣かされる」だけに見終わって映画にも自分にも腹が立つ。

かつては松竹の「松本清張もの」がその代表だった。山田洋次はその何本かを撮っていて、僕が山田洋次を見なくなったのも、そんな体験があったからかもしれない(もっとも、清張ものでは山田より野村芳太郎のほうがあざとかった)。

『武士の一分』は、『隠し剣 鬼の爪』『たそがれ清兵衛』につづく藤沢周平もの第3弾。こういう映画を「佳作」とか「小品」と言うんだろうな。

小説や映画として成り立つために最小限必要な小さな世界から、映画は一歩も出ようとしない。『隠し剣』や『たそがれ』ではまだ藩に対する謀反とか上意討ちとか、藩の政治的出来事が背景になってたけど、ここではそういう「大きな」世界はない。

藩の有力者(板東三津五郎)が、毒味役の下級武士(木村拓哉)の妻(壇れい)を騙し、関係をもったことに対して、盲目の下級武士が「武士の一分」で一太刀あびせようとする。上役と下級武士とその妻という、3人の男と女がもつれる世界にひたすら沈潜する。そこが好ましい。

山田洋次の演出は抑制が効いている。あざとい「泣かせ」はない。映像的効果を狙った余分なカットもないし、必要以上の音楽もない。セリフも、日本映画によくある説明過剰はない(ただ、「武士の一分」というセリフが3度出てくるけど、これは1度のほうが効果的だったはず)。

そのかわり、すべてがほどよく、驚きはない。心地よく藤沢=山田の世界にひたれる。同じ職人監督でも例えば加藤泰のような激しい抒情や、鈴木清順のような斬新な映像が映画的興奮をもたらす体験はない。だからこそ「清張」「寅さん」「釣りバカ」(脚本)と、松竹の看板を何十年も背負ってこられたんだろうけど。藤沢周平ものもまた、同じように延々とつづくシリーズになるんだろうか。

木村拓哉は下級武士の哀しみと意地をとてもうまく出してるけど、壇れいは姿かたちが現代的すぎるね。ここは前作につづいて宮沢りえにやってほしかった。

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