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December 16, 2006

『イカとクジラ』は痛いコメディ

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舞台は1986年のブルックリン。16歳と12歳の息子がいる作家夫婦。長男が生まれたのが1970年前後になるから、彼らはドラッグとロックとベトナム反戦の60年代を経験した戦後生まれのベビーブーマー世代ってことになる。

生まれ育った国も環境も違うけど、「60年代」は当時の先進国の若い世代共通の記憶になっていて、それを体験した者の匂いはすぐにわかる。夫のコーデュロイのジャケットや髭、妻のストレートな髪やコットンシャツを無造作に着こなすファッションはまぎれもなくその徴。あ、俺たちの世代の物語だな、と思った。

監督のノア・バームバックは1969年生まれだから、16歳の息子ウォルト(ジェス・アイゼンバーグ)がいわば監督の分身。子供の目を通した自分たちの世代のお話というのは、どうにも尻がもぞもぞと落ち着かない。

父親のバーナード(ジェフ・ダニエルズ)は、かつて脚光を浴びたけれど、今は教師として生計を立てている売れない作家。新進作家として売り出し中の妻ジョーン(ローラ・リニー)から離婚を申し渡され、同じブルックリンに空き家を借りることになる。子供たちは3日おきに夫と妻の家を行き来する。

離婚というこの映画の最大の「事件」は、はじめの10分で起こってしまう。あとは事件らしい事件もなく、夫と妻、2人の息子をめぐる日常的なエピソードが積み重ねられる。その結果、なにが起こるわけでもないけど、ラストで「イカとクジラ」のジオラマの前にウォルトが立ちつくすまでの親子の姿がなんとも切ない。

バーナードは教え子のキュートな女子学生に部屋を貸し、彼女に迫っては、みっともない姿を息子のウォルトに見られてしまう。ポケットに金がなく、一緒にお茶を飲んでいたウォルトのガールフレンドが黙って差し出す札を礼も言わずに(言えないよね)受け取る。

息子とガールフレンドを連れて見に行く映画は、デビッド・リンチの変態(?)映画『ブルーベルベット』(そういえば僕も「ツイン・ピークス」にはまった高校生の娘に『ブルーベルベット』を薦めたことがあったっけ)。下の息子フランク(オーウェン・クライン)と卓球をしていて熱くなり、ムキになってスマッシュを打ち込む(そういえば僕も…)。

ウォルトは父を作家として尊敬し、教室でフィッツジェラルドやカフカの名前を口にしては女の子の気を引くスノッブ。ガールフレンドはいるけど、父親が連れこんだ年上の女子学生にもなびく。高校の学園祭で、ピンク・フロイドの「Hey You」を自作の曲と偽って歌い、賞金100ドルをせしめてしまう(その場で誰も気づかないとは信じられないけど。ま、万引きみたいなもんですかね)。そんな日々を送りながら、父と母のあいだをあてどなく漂っている。

子供に対してもエゴを隠さず、まっとうな「父親」になれないバーナードのみっともない姿は、まぎれもなく僕たちの世代の自画像。息子のウォルトは、誰でも思い当たるに違いない十代のある時期の青春。

見ていて、バーナードをどこかしら自分の分身みたいに感ずるし、ウォルトも過去の自分の分身のように感ずる。そんな等身大の人間たちが素晴らしい。

離婚を決めた母親ジョーンが、鏡に向かって荒れた自分の唇の薄皮をはがすシーンがある。その痛さが、ひりひりと伝わってくる。繰り返し流れる「Hey You」が、まるで自分に語りかけられているように感ずる。痛いコメディ。

ブルックリンの路上で、地下鉄で、ときに盗み撮りもされたらしいロケーション。16ミリの手持ちカメラで撮影された粒子の粗い映像が、80年代の空気を鮮やかにすくいとってるね。

監督のノア・バームバックは『ライフ・アクアッティック』(ウェス・アンダーソン監督)の脚本にも参加した若手。この映画の製作者になっているウェス・アンダーソンとは、次の仕事でも一緒に組んでいるらしい。目を離せない監督がまたひとり増えた。

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Comments

こんにちは、TBありがとうございました。
私は監督とそれほど年が離れていないので、この映画を子供たち
の視点から見ていました。親のいさかいで気まずくなる子供の心理を
丁寧にすくい上げていたと思います。それに加えて、おびただしい
細部が活きていましたね。
新人監督として、十分立派な作品だったと思います。

Posted by: 丞相 | December 17, 2006 at 04:28 PM

ほとんど細部だけでできあがっている映画ですね。僕は彼が脚本を書いた『ライフ・アクアテッィク』はどうにも波長が合わなかったのですが、この映画には脱帽です。

Posted by: | December 21, 2006 at 12:28 AM

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