『あるいは裏切りという名の犬』のフレンチ風味
フランス製ノワールと聞いてあまりに懐かしくなり、公開前に家にあったフレンチ・ノワールの傑作『リスボン特急』を再々々々々々見して、またしても涙してしまった。
1960~70年代、ジャン・ピエール=メルヴィル(『リスボン特急』)、ジョゼ・ジョバンニ(『暗黒街のふたり』)、ジャック・ドレー(『フリック・ストーリー』)らがつくったフランスのギャング映画(当時まだノワールという呼び方は一般的でなかったと思う)には、東映ヤクザ映画に劣らず興奮させられた記憶がある。
御大ジャン・ギャバンも元気で、アラン・ドロン、ベルモンド、イブ・モンタン、ジャン・ルイ=トランティニャンにリノ・バンチェラと、ギャング(刑事)をやらせたら絶品の役者たちがそろっていた。
その伝統がどう引き継がれているのか? いないのか? 『あるいは裏切りという名の犬』(邦題ちょっと凝りすぎ)は期待にたがわず、濃すぎるくらいに濃いノワールだった。
ダニエル・オートュイユとジェラール・ドパルデューの2大スター対決。パリ警視庁で長官の座を争うライバル。ひとりの女を奪いあった過去。友情と裏切り。出世と転落。この手の映画の王道をいく設定に、『インファナル・アフェア』ふうな組織内部の対立といった今っぽさも加えて、たっぷり楽しませてくれる。
画面の背後で高鳴る音楽がなんともセンチメンタルで、ちょっとやりすぎじゃないの、香港ノワールだって今はもっとクールだよと思うけど、まあ許そうかという気になるのは、ほんとに久しぶりにフランス暗黒映画の濃厚な味を堪能したから。
正義派で人望もあるオートュイユと、野心家で強引なドパルデューという2人のキャラクターがくっきり立っているのが、この映画のすべてと言ってもいいくらい。どちらも素晴らしいけど、涼しい顔で友を裏切り、陰謀もめぐらすドパルデューの悪ぶりがとりわけいいな。オートュイユも、前作『隠された記憶』のインテリ大学教授役よりはるかに生き生きしてる。
老いた元娼婦役のミレーヌ・ドモンジョは、高校時代に胸をときめかせた女優。かつての官能的な美しさの面影はある。ノワールは年くった女優が重要な役どころをやることの多い映画だからいいよね。もっとも、ヒロインのヴァレリア・ゴリノは、オートュイユとドパルデューが争った宿命の女という役柄のわりには魅力を感じなかった。
脚本・監督のオリヴィエ・マルシャルは元警官で、自分が警察官時代に見聞きした実話をもとにシナリオを書いたという。伏線をそこここに張りめぐらせながら、ヒーローとヒールを対立させ、ヒーローが転落してヒールが出世し、そこから最後の結末にいたるまでテンポよく畳みかける構成は、これが2作目とはとても思えない。
メルヴィルに代表されるかつてのフランス・ノワールは、ゆったりしたテンポで間を取りながら登場人物の人間像をじっくり描いていった。この映画は30年後につくられただけあって、寡黙な男というメルヴィル映画の主人公の造形を受け継ぎながら、同時に今ふうのテンポを合わせもっている。
オートュイユとドパルデュー、2人の男のドラマに最後まで見入ってしまうのは、映像もセリフもフランス・ノワールの定型を踏まえながら、脚本や演出に現代的なリズムが感じられるからだろう。
フレンチ・ノワール、もっと見たいな!
Comments
こんばんは。TB&コメントありがとうございました。
今年もよろしくお願いします。
誰が考えたのかは知りませんが、去年で言えば『うつせみ』並みの、
凝りに凝ったタイトルの作品ですね。私は前半は人物関係を追うのに
気を取られたのですが、現金襲撃事件が一段落してからの後半は、
男二人の対決をじっくりと描いた物語に引き込まれました。
これも、フレンチ・ノワールの伝統のなせる技なのでしょうか。
今年日本で公開されるノワール作品と言えば、香港のジョニー・トー監督の
『エレクション』があります。
去年の東京フィルメックスで上映されたときの評判は上々だったので、
劇場公開されても受けそうですね。
Posted by: 丞相 | January 09, 2007 09:29 PM
『エレクション』、年明けの新作ではいちばん期待しています。ジョニー・トーをたくさん見ているわけではないですが、いい意味で香港映画のデタラメさと凄さをあわせ持ってる監督ですね。
オリヴィエ・マルシャル監督には現代的なメルヴィルみたいになってくれると楽しみが増えます。
Posted by: 雄 | January 10, 2007 12:18 PM