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November 17, 2006

『硫黄島からの手紙』の「配慮」

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3万人近い犠牲者を出した硫黄島の戦闘を、日米双方の視点から描いた2部作の第2弾。『硫黄島からの手紙』は、戦闘を日本側から見る。アメリカ側から描いた『父親たちの星条旗』のエントリで「期待と不安が相半ば」とコメントしたんだけど、うーん、期待と不安の両方が半分ずつ的中したような、ちょっと複雑な印象をもった。

作品の出来は悪くない。いや、これ1本だけ見たら、すごいと思ったかもしれない。ただ、第1弾がイーストウッドのフィルモグラフィーのなかでも重要な作品として残るにちがいない素晴らしい出来だっただけに、どうしてもそれと比較してしまう。

指揮官の栗林(渡辺謙)と末端の一兵士である西郷(二宮和也)の2人が、戦場で家族に書き送った(送られなかった)手紙を軸にして戦争の残酷さ、空しさを浮き彫りにするイーストウッドのメッセージは、きちんと見る者に伝わってくる。どちらが善でどちらが悪という図式は言うまでもなく排除されているし、できるかぎり日本人の心事に寄り添おうとするフェアさも感じる。中村獅童演ずるファナティックな軍人の滑稽さを通して、軍国主義に対する批判もある。

戦闘シーンは『父親たち』と同じように息をのむ(前作を見ていない知人が、度肝を抜かれたと言っていた。こっちは前作でそれを体験したから、そのぶん驚きが割り引かれてるかも)。

それでも、見終わってぶちのめされたように感じた『父親たちの星条旗』の圧倒的な力に比べると、僕には胸に迫るものが少しばかり足らなかった。戦争のもたらす哀しみが映画全体を霧のように覆っているんだけれど、『父親たち』のようにはそれがずしんと重みをもって胸に落ちてこなかった。それはなぜだろう?

答えがよくわからないまま書いてるんだけど、技術的には脚本に差があるのは明らかだと思う。前作(ポール・ハギス)は「硫黄島の戦闘」「銃後のアメリカ本土」「かつて硫黄島の英雄だった父を調べる息子」という3つの時間と場所が異なる場が設定され、過去と現在、戦場と銃後を自在に行き来して、重層的な構造のドラマがつくられていた。

『硫黄島からの手紙』も似たような構造を持っているんだけど、「調査団によって島に埋められた手紙が発見される現在」はあくまでプロローグとエピローグとして処理され、本筋と直にはかかわってこない。

また前作の「銃後」に相当するのが「栗林のアメリカ留学の過去」「西郷が妻(裕木奈江)と暮らした記憶」「元憲兵隊員・清水(加瀬亮)の過去」なんだけど、これはそれぞれの登場人物の回想として処理されている。だから前作のように重層的な時間空間の往き来はなく、硫黄島へ栗林が着任する場面から日本軍が玉砕するラストまで、時間も空間もまっすぐに進む。

しかも、物語が一直線に破滅へと加速していくのでなく、戦闘の合間に洞窟で手紙を書いたり、糞尿を処理したりといった戦場の「日常」がきめこまかに描かれている。むしろ、そういう「日常」の描写こそこの映画が狙ったことなのかもしれない。でもその結果として、全体が平板になってしまった感じはどうしても残る。

これはとても高度な脚本が求められる映画だと思う。劇映画処女作という日系アメリカ人の脚本家、アイリス・ヤマシタにはちょっと荷が重かったかも。日系ということで起用されたんだろうけど、できれば製作に回ったポール・ハギスにも参加してもらいたかったな。

もうひとつ考えられるのは、イーストウッド自身のモチベーション。硫黄島を映画化しようと思い立ち、調べるうちに2本つくらなければと感じはじめたという彼の思いはその通りだと思う。でも『父親たちの星条旗』には明らかに9.11以降のアメリカへの怒りと批判が込められていた(これについては前のエントリで書いた)。その思いの強さが、映画の切迫した息づかいとなって表れていた。

それは『父親たち』がアメリカ側から描いた映画だったからこそ実現できたのだけど、日本側から描いたこの映画では、それができない。その上、ハリウッドにはかつて日本人(アングロ・サクソン以外の人種と言いかえてもいい)を登場させて差別と誤解に満ちた映画をつくってきた過去があるだけに、それを避けるためのさまざまな配慮にも満ちている。

日本兵が捕虜を惨殺するだけでなく、米兵もまた投降した日本兵を殺すシーンを挿入することによって、日本人が残酷なのでなく戦争そのものが残酷であることが描かれている。ロス五輪の馬術で金メダルを取ったバロン西中佐(伊原剛志)が負傷した米兵を助け、ハリウッドのスター、メアリー・ピックフォードの名前を出して穏やかな会話を交わすシーンもある。

だから映画を見ていてとてもフェアな感じは受けるんだけど(日本家屋や服装の考証に難はあるにしても)、『父親たちの星条旗』にある自国への怒りと『硫黄島からの手紙』の他民族への配慮との「思い」の激しさ、深さの差が、2本の映画にそのまま滲み出てしまったような気がする。

イーストウッドはこの映画について、「私は日本映画を監督した」と言っている。確かに中身はアメリカ映画ではないにしても、善くも悪くも日本映画ではないんじゃないかな。

最近の『男たちの大和』なんかの戦争映画を見てないけど、過去の日本の戦争映画の大半は、好戦的な陸軍対和平志向の海軍、中央の官僚主義と現地の対立、といった図式のなかで、さあ泣けとばかりに主人公の思いの「純粋」さがひたすら謳いあげられる作品が多かったような気がする。

『硫黄島からの手紙』には、少なくとも日本の戦争映画のような図式やセンチメンタルな「泣かせ」はまったくない。すさまじい戦闘場面と、対照的に穏やかでなにげない「日常」のシーンが、前作につづいてイーストウッド自身の静かな音楽によって戦争の哀しみをそっと伝えてくる。だからこれはアメリカ映画でも日本映画でもなく、まぎれもなくイーストウッドの映画だと言うしかないな。

彼の映画では、さりげなく挿入されるシーンがひときわ心に響く。『父親たちの星条旗』では、硫黄島に向かう輸送船のなかで小隊を率いる軍曹が手にしたライターに火をつけ、その炎をじっと見つめるシーンがあった。

この映画では、栗林の持久戦戦術に不満をもつファナティックな中尉(中村獅童)が、撤退の命令を無視しひとり自爆攻撃をしかける場面。

闇の中で地雷を抱いて大地に横たわり米軍戦車を待つのだが、戦車は来ない。気がつくと朝で、眠ってしまった中尉がまだ自分は命があるのかと目を開けると、硝煙のただよう上空は青空。鷹だろうか、大きな鳥が生を象徴するように翼を広げて滑空している。その風景が心に沁みる。後に、中尉が生き残って捕虜になってしまう皮肉な結末も効いている。

役者では、パン屋出身の下級兵士を演じた二宮和也が飛びぬけていいと思った。ほかの役者が軍人の「型」にはまった芝居をしているなかで、ひとりだけ「型」を意識せず素直に役になりきっている。二宮の演技以前の無意識のなにものかを引き出したのは、イーストウッドの演出力だろうか。

この作品、日本武道館のワールド・プレミアで見た。大きすぎる空間、出入りする観客、非常灯が視野に入り、空調は効かず、外の音が侵入してくる。映画を鑑賞する環境としては最悪。だから劇場で見直すとまた別の感想をもつかもしれないけど。


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Comments

こんばんは!
一般公開初日に観て参りました。
武道館は映画を観る環境ではないですよね。。集中できなかったのでは?とお察し申し上げます。
私の方は地元のシネコンで土曜の朝、一番大きな部屋がほとんど満席でした。
「星条旗」で葬儀屋の社員だった一市民に話を語らせたように、今回もパン屋の目から見た軍人達という構図が成功していたと思いました。
仰るように時折どきっとするような心に沁みるシーンがありますよね・・一貫してじっと人間を見つめる姿勢も変わらず感銘を受けました。 

Posted by: マダムS | December 09, 2006 08:17 PM

「ワールド・プレミア」と称していましたが、こんな劣悪な環境の場所しかないのでしょうか。じゃあ、どこがふさわしいのかといえば、確かに着飾ったスターたちが入ってくる空間として絵になる映画館はないかもしれませんが。

私も『星条旗』と『硫黄島』をもう一度見ようと思っています。

Posted by: | December 10, 2006 06:24 PM

こんにちは、TB&コメントありがとうございました。
私も、この映画に関しては雄さんとほぼ同じ印象を受けました。
やはり、戦争という状況に対する「怒り」または「憤り」が、
『父親たちの星条旗』ほど表れていなかったからでしょうか。
どちらかといえば、亡き兵士たちの「敬意」がにじみ出ていたと思います。
ほぼストレートな物語展開にも少し納得がいかないのですが、
『父親たち~』と対称的なものとして、これはこれでいいのかもしれません。
映画史に残りうる戦争映画を同時代で見られたのが、私は何よりの収穫でした。

Posted by: 丞相 | December 17, 2006 04:24 PM

前作はもちろん今作も、やはり米国人が見ることを前提に作られているんだと思います。
なので、日本への配慮も少なからずあるとは思いますが、まずは「敵国の兵隊は鬼でも悪魔でもない、オレたちと同じ人間なんだよ」とアラブやイスラムにもにもあてはめられる普遍性を伝えるために、政治性も話法や技法も抑えたんじゃないでしょうか。

「日本映画を作りました」なんてのはイーストウッドさんのリップサービスに違いない(笑)。

てなわけで、TBありがとうございました。

Posted by: にら | December 19, 2006 12:54 PM

>丞相さま

この2本と『プライベート・ライアン』、それ以前の記憶に残る戦争映画というと、『ディア・ハンター』までさかのぼってしまうかもしれません。

ともかくイーストウッドを同時代で見ることができるのは映画ファンとして最高の幸せですね。

>にらさま

イーストウッドはどこまでも西部の誇り高きガンマンであることをこの2本で改めて感じましたから、確かに彼の映画にあまり政治性を読み込むのは誤解のもとかもしれませんね。話法や技法についても同じことを感じました。

ヒーローとしての単純さと、映画作家としての複雑さの両面を、イーストウッドの映画はいつももっているような気がします。


Posted by: | December 21, 2006 12:20 AM

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