« 篠山紀信と宮本隆司 | Main | 『硫黄島からの手紙』の「配慮」 »

November 14, 2006

『明日へのチケット』と列車の映画

Photo

エルマンノ・オルミ、アッバス・キアロスタミ、ケン・ローチ──『明日へのチケット』はカンヌ映画祭で最高賞パルムドールを受賞したことのある3人の「巨匠」が共同で監督した作品。それぞれの短編を並べるオムニバスではなく、3人が共同で1本の長編映画をつくった試みが面白い。

だからここは3人の監督が演出したそれぞれのパートの出来を云々するより、共同で1本の映画にしたそのいきさつやスタイルを語るべきなんだろうな。

公式ホームページによると、映画をつくるに当たって3人は脚本段階から意見を交換しあい、そこで2つの約束が交わされたという。ひとつは、1本の列車だけを舞台にすること、もうひとつは、3つのパートがどこかでつながっていること。

列車を舞台にするという約束は、オルミがインスブルックからローマへ向かう列車での老教授の魅力的な物語を発想したところ、キアロスタミとローチが、それなら別の映画をつくるより同じ列車で1本の映画にしようじゃないか、と提案したらしい。その結果、「列車の映画」ともいうべきものが生まれた。

列車という閉ざされた空間。旅する人間たちのからみあい。窓の外に流れる風景。映画の魅力を閉じこめたような「列車の映画」は、これまでいくつもの名作を生んできたよね。ヒッチコックの『バルカン超特急』、ジーン・ワイルダー主演の『大陸横断超特急』、アガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』、007シリーズの傑作『ロシアより愛をこめて』の狭いコンパートメントでのショーン・コネリーとロバート・ショウのすさまじい格闘も忘れがたい。

そのなかでいちばん記憶に残っているのは、学生時代に見たポーランド映画『夜行列車』(イェジー・カワレロウィッチ)。中年の男女が偶然ひとつのコンパートメントに乗り合わせたことから始まる、ミステリアスな映画。バックに流れるクールなジャズにはしびれたな。映画の最後近く、それまで列車から1歩も外へ出なかったカメラが初めて夜明けの荒野へ逃れ出たときの冷たい空気に触れた感触は、高校時代の最高の映画体験のひとつ。

『明日へのチケット』は、インスブルックからローマへ向かう国際列車「インターシティ」を舞台にする。老大学教授が、インスブルックで世話してくれた秘書に淡い好意を抱き、列車のなかでさまざまな幻想にとらわれる第1のパート(オルミ)は夜行列車で、窓の外は闇。

2等切符で1等席に居座る傲慢な将軍未亡人と、彼女を世話しなければならない若者のあてどなさが印象的な第2パート(キアロスタミ)は北イタリアの田園風景が窓の外に流れている。サッカーの試合を見にスコットランドからやってきたセルティック・ファンの若者3人が、アルバニア移民の家族とからみあう第3パート(ローチ)では、ローマのテルミニ駅でなんとも愉快なラストを迎える。

スタッフを見ると、脚本、撮影、録音、編集には3人の名前がクレジットされているから(共通なのは美術、衣装、音楽)、3人の監督それぞれのチームが組まれたのだろう。でも色彩設計も統一されているし、3人のカメラマンが撮影したものとは思えない。3人が一緒に撮ったシーンもあるらしい。

そして第3パートで主要な登場人物になる、食事も満足に取れないアルバニア移民の一家と、緑と白のユニフォーム(中村俊輔でおなじみ)を着た貧乏旅行の若者3人が、第1のパートでも第2のパートでもちらりと顔をのぞかせて「つながり」をつくり、1本の映画としての統一感を支えている。

なにより興味深いのは3人の監督の姿勢だろう。3人とも「巨匠」と呼ぶにふさわしいキャリアを持ち、そのスタイルもそれぞれに際だっている。古典的なリアリズムから出発したオルミ、長回しがトレードマークのキアロスタミ、鋭い社会批判をつづけているローチ。

そんな異なった個性をもった3人が、自分のスタイルが突出するのを抑え、穏やかな、それでいてそれぞれの個性を十分に感じさせる物語をつくっているのが、この作品がオムニバスではなく1本の映画として成立したいちばんの原因じゃないだろうか。そこから感じられるのは、3人のそれぞれの監督に対する深い敬意。それなくして、この映画は成功しなかったにちがいない。

際だった個性が一緒になってひとつの作品をつくるこの映画の試みで思い出したのは、映画ではなくジャズ。たとえば「ジョン・コルトレーン and デューク・エリントン」というアルバムがあった。「ジャズの父」のひとりであり、スイング・ジャズを代表するエリントンと、1960年代フリー・ジャズの最先端を突っ走っていたコルトレーン。

コルトレーンは大先輩のエリントンに敬意を払って情感豊かにエリントン・ナンバーのメロディを吹き、でも時に疾風怒涛のように走りはじめる。エリントンは自分のスタイルを守りながら、時にはっとするような若々しく新鮮なフレーズを紡ぎだす。まったく異なったスタイルを持つ2人の巨匠の共同作業が生んだ傑作アルバムで、僕の愛聴盤の1枚。

『明日へのチケット』も同じように3人のスタイルが融合して、老教授の幻想じみた内的な世界と、アルバニア移民や下層階級の若者3人に象徴される外的な現実がひとつに織り込まれることで、厳しい、でも最後には微笑することになるビターかつスイートな映画が生まれた。

3人の監督のなかでは、キアロスタミ監督の部分が、彼がほとんど描いたことのない男と女の隠微な感情を掬い上げていて、これから彼の映画を見るときの貴重な記憶になりそう。

|

« 篠山紀信と宮本隆司 | Main | 『硫黄島からの手紙』の「配慮」 »

Comments

『バルカン超特急』も忘れがたいですけど(もちろんリアルタイムでは観ていませんが)、スチュワート・ローゼンバーグの『暴走機関車』なんか強烈でした。ローゼンバーグらしく色気がちっともないのがまた良くて(笑)

『明日へのチケット』のエピソード2は観てから時間が経つ程印象深いものが残る様です。将軍未亡人、忘れられるわけがないキャラクターです。下から煽るようにその容貌をとらえるショットなんか、いやはや...

Posted by: kiku | November 15, 2006 at 12:53 AM

そういえばアルドリッチの『北国の帝王』なんてのもありましたね。ホーボーのリー・マーヴィンと車掌のアーネスト・ボーグナインの対決が強烈でした。

あの将軍未亡人、キアロスタミはどこから発想したんでしょうね。列車のなかでああいう体験があったのか、それとももっと深い内的なものに根ざしているのか。

Posted by: | November 15, 2006 at 10:22 AM

最近ですと、『恋人までの距離』も前半はヨーロッパ横断鉄道を舞台にしていました。偶然隣り合った者同士から生まれる二度とないドラマ。『明日へのチケット』もまさにそんな感じの映画でした。
それぞれに興味深いシーンがありましたが、私もキアロスタミの独特なカメラ位置が印象的です。あの話は、映画では描かれていない要素が多く、脚本に非常に奥行きがあった気がするのです。

もちろん、ラストのテルミニ駅の疾走には快哉を叫びました。

Posted by: [M] | November 15, 2006 at 12:05 PM

あの将軍未亡人と若者、若者と少女の間には、ねじれた性的感情みたいなものが流れていると受け取りました。

列車に偶然乗り合わせた他人ではなく、それぞれなんらかの過去を共有しているのですから、それを発展させれば独立した1本の映画になってしまうのでしょうね。キアロスタミのそんな映画を見てみたい気もします。

Posted by: | November 16, 2006 at 11:20 AM

こんばんは、TBありがとうございました。
それぞれのエピソードはほぼ問題なくつながっていたと思うのですが、
ただ一点、第2と第3エピソードで、車掌のキャラクターが違っていたのは
引っかかりました。

それでも、私はキアロスタミのエピソードが一番印象に残りました。
木々のショットはキアロスタミならではのもので、傲慢な未亡人も
『友だちのうちはどこ?』の大人たちを思い起こさせるものでした。
これほどの作品を見せつけられると、
キアロスタミの長編作がますます待ち望まれます。

Posted by: 丞相 | November 18, 2006 at 11:02 PM

そうですね。狂言回しの車掌のキャラクターがいまひとつ立つと、それこそ3人が共同して完璧な1本をつくった印象的な映画になったかもしれませんね。

キアロスタミ、このところ短編しか公開されていないので、早く長編を見たいものです。

Posted by: | November 19, 2006 at 10:46 AM

こんにちは。TB有難うございます。
レビューじっくり読ませて頂きました。

>3人のそれぞれの監督に対する深い敬意
巨匠と呼ばれる監督には時として「我が道を行く」傲慢さなど感じることも多いのですが、このように自然に自然に繋がった素晴らしい作品が完成したこと自体、感動してしまいますね。
丞相さんが仰っていらっしゃる車掌の件ですが、あの傲慢な婦人に対する機転の利き方と、サッカー青年達への対処が人が違ったかと!?ちょっと信じられない気が私も致しました。

Posted by: マダムS | November 21, 2006 at 10:18 AM

青年たちに対して、車掌が傲慢な女性に対するのと同様の機転を効かせてしまったら、テルミニ駅のあの爽快なラストがないわけですから、痛しかゆしですね(苦笑)。

昨日、ケン・ローチの『麦の穂にゆれる風』を見てきたのですが、いつものような重さ切実さに満ちた映画で、あらためてこの作品の力の抜け方、明るさに好感を持ちました。

Posted by: | November 21, 2006 at 12:01 PM

はじめまして。
昨日、「夜行列車」がNHK-BSで放送されました。
ネットで検索しましたら、コチラが・・。

3回目の鑑賞でしたが、いずれもTVの字幕です。
雄さんが学生時代に見られたというのもTVだったのでしょうか?
そうでしたら、同じタイミングだったのかも知れませんね。

TB出来ないようなので、名前にリンクさせました。

Posted by: 十瑠(ジュール) | February 22, 2007 at 08:46 PM

私が『夜行列車』を見たのは1963年、今はないアートシアター新宿文化でした。高校1年のときですから、マセガキだったかもしれませんね。

当時、ポーランドは社会主義政権でしたけど、この映画の大人の雰囲気、退廃の気分は社会主義国の映画というよりヨーロッパ映画とはこういうものかと教えられました(ポランスキーの『水の中のナイフ』も同じころ見ました)。

この映画、いまでも数年おきに見る、ほんとのお気に入りの1本です。

Posted by: | February 24, 2007 at 06:30 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/41136/12683353

Listed below are links to weblogs that reference 『明日へのチケット』と列車の映画:

» 明日へのチケット [日っ歩~美味しいもの、映画、子育て...の日々~]
国際色豊かな列車の旅が描かれます。 飛行機で帰るはずが、空港の閉鎖により列車の旅を余儀なくされた老教授のロマンス。気難しい老未亡人の世話をする青年。仲間と積み立てをして資金を作りサッカーの試合を観に行こうとしている青年たち。そして、この3つのストーリーを繋ぐ... [Read More]

Tracked on November 15, 2006 at 12:40 AM

» 明日へのチケット@シネ・アミューズ [ソウウツおかげでFLASHBACK現象]
オーストリア・インスブルック発イタリア・ローマ着の列車に乗った老齢の教授が1枚目のチケットを持つ。そのチケットは食堂車のもので、多国籍、他人種が一堂に会していた。ヨーロッパらしさをかもし出す。オーストリアへの出張を済ませ、孫の待つローマに思いを馳せる教授だ... [Read More]

Tracked on November 15, 2006 at 12:52 AM

» 『麦秋』『水曜の朝、午前3時』『明日へのチケット』『浮雲』 [kiku's]
秋を楽しんでいるヒマもないうちに初冬になったような昨日今日。今週末もTSUTAY [Read More]

Tracked on November 15, 2006 at 01:13 AM

» 『明日へのチケット』〜そして電車はつづく〜 [Swing des Spoutniks]
『明日へのチケット』公式サイト 監督:ケン・ローチ アッバス・キアロスタミ エルマンノ・オルミ 出演:マーティン・コムストン カルロ・デッレ・ピアーネほか 【あらすじ】(goo映画より)インスブルック駅。一人の老教授がローマ行きの列車に乗り込む。満席...... [Read More]

Tracked on November 18, 2006 at 10:55 PM

» 『明日へのチケット』 [かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY ]
素晴らしきコラボレーション。ナイスチームワーク!ナイスプレイ!ロードムービーは最高。3人の名匠が織りなす鉄道ロードムービー。別々の3本の映画ではなく、イラン、イタリア、イギリスの監督が協調して3人で1本の作品を作るという試みがとてもステキだ。物語はローマへ向かう国際列車の中でだけ展開し、それぞれの監督がおのおのの持ち味を発揮しながらも、自分だけが目立とうとせずに、さりげなくも鮮やかに旅の途中のドラマを見せてくれた。 列車は、トンネルを抜けて橋を渡り国境を越える。しがらみもわだかまりも超越するか... [Read More]

Tracked on November 20, 2006 at 08:05 PM

» 明日へのチケット [シャーロットの涙]
78年「木靴の樹」のエルマンノ・オルミ、97年「桜桃の味」のアッバス・キアロスタミ、そして今年「麦の穂をゆらす風」のケン・ローチ。全員がカンヌ国際映画祭の最高賞であるパルムド−ルの受賞者たち。 オムニバス形式ではなく、バトンリレーのように設定が受け継がれ列車は走る。 {/cars_train/}{/cars_train/}{/cars_train/}〜〜〜 登場人物それぞれが持つチケット。そこから始まる接点を、名匠の個性がそれぞれの人物の特性を捉�... [Read More]

Tracked on November 24, 2006 at 08:38 PM

« 篠山紀信と宮本隆司 | Main | 『硫黄島からの手紙』の「配慮」 »