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October 18, 2006

『ブラック・ダリア』のドッペルゲンガー

ジェームズ・エルロイのノワール小説を、ほかでもないノワール的官能をたっぷり持ち合わせるブライアン・デ・パルマが映画化したとなれば、期待するなというほうが無理というもの。エロティックなスカーレット・ヨハンソンに、ファム・ファタールの雰囲気をもつヒラリー・スワンクと、今いちばん旬な女優たちも魅力的だしね。

『ブラック・ダリア』を読んだのは10年以上も前のことで、ストーリーも登場人物もディテールはあらかた忘れてしまった。ただその暗く重い読後感だけが記憶にこびりついている。

だから映画のどこまでが原作に忠実で、どこからがデ・パルマ作品のオリジナルなのか判然としないまま言うのだけど、いかにもデ・パルマ監督らしいのは、殺された「ブラック・ダリア」に自分を重ねていく富豪の娘、マデリン(ヒラリー・スワンク)の存在だろう。

デ・パルマは猟奇的な殺人の犠牲になった「ブラック・ダリア」=エリザベスと、主人公の警官を誘惑する生きた「ブラック・ダリア」=マデリンという2人の「ブラック・ダリア」をスクリーンに登場させた。2人の「ブラック・ダリア」によって2人の警官が翻弄され、破滅して(あるいは生き延びて)いくドラマが物語の骨格。

元ボクサーでロス市警の警官バッキー(ジョシュ・ハートネット)は、警察のPRのために試合したことがきっかけで、やはり元ボクサーのリー(アーロン・エッカート)とコンビを組むことになる。リーには、検挙した銀行強盗犯から奪った愛人ケイ(スカーレット・ヨハンソン)がいる。バッキーは実は強盗犯から愛人ばかりか金もせしめた悪徳警官なのだが、リーとケイに若いバッキーを加えた3人は、友情とも愛情ともつかない微妙な三角関係を結ぶようになる。

「ブラック・ダリア」事件が起きると(これについては8月27日に書いた)、バッキーは取りつかれたように事件にのめり込んでいく。異常なまでの執着に担当をはずされるが、なお隠れて部屋を借り「ブラック・ダリア」の資料で一室を埋めつくす。バッキーには、彼の妹が同じように殺された過去があり、どうやらそのトラウマから、「ブラック・ダリア」に妹の面影を見てしまったらしい。愛人のケイの住まいにも寄りつかなくなり、死んだ「ブラック・ダリア」に執着しつづける。

一方、相棒のリーは調査に訪れたレズビアン・バーで、黒い衣装に身を包んだ「ブラック・ダリア」そっくりのマデリンに出会う。マデリンは、チープな住宅開発で財をなした富豪の娘。両親に反発して夜の街をさまよい、「ブラック・ダリア」とも寝たことがある。マデリンは、女優志望でポルノ映画に出ている「ブラック・ダリア」の奔放な生き方に自己同一化の願望を持っているらしい。

リーはバッキーと疎遠になったケイから誘惑され、相棒の愛人を奪ってしまう。同時に、生きている「ブラック・ダリア」=マデリンからも誘惑され、彼女とも関係をもつ。リーは奇妙な言動をするヤク中の母親を持つマデリンの裕福で空疎な大邸宅に入り込むことで、事件の真相に近づいてゆく。

2人の警官が、ひとりは死んだ「ブラック・ダリア」に取りつかれ、もうひとりは生きた「ブラック・ダリア」に誘惑される。バッキーは死んだ「ブラック・ダリア」によって破滅に向かって突き進む。リーは生きた「ブラック・ダリア」=マデリンと相棒の愛人・ケイのどちらを取るか、警官としてどう生き延びていくのかの選択を迫られる。

マデリンがエリザベス=「ブラック・ダリア」のドッペルゲンガーであるように、悪徳警官バッキーもリーのドッペルゲンガーなのだ。だからこれは2組のドッペルゲンガーの物語だと考えることもできる。バッキー=ドッペルゲンガーの破滅を知ったリーは、警官としてどのような行動を取り、ケイとマデリンのどちらを選ぶのかがラストシーンになる。

いかにもデ・パルマ好みの展開なんだけど、そんな「らしさ」が画面いっぱいに結晶するのが、バッキーが殺されるシーンだね。螺旋階段(デ・パルマの階段への偏愛!)。殺人者の影にひそむもうひとりの殺人者(実は男装したマデリン。変装もデ・パルマが偏愛する設定)。動く影とナイフの一閃。落下する殺人者とバッキー。死んだ2人を真上から見下ろす俯瞰の画面。ヒッチコック好きデ・パルマの鮮やかなショットとつなぎに陶然とする。

もっとも、デ・パルマらしさが最初から最後まで貫かれているかというと、そうでもない。ビッグになってからの彼は『スカーフェイス』『アンタッチャブル』『ミッション・インポッシブル』といった大作も任されるが、そういうときデ・パルマらしい「けれん」は意図的にか抑え気味になり、作品としていまひとつ成功しないことが多かった。

『ブラック・ダリア』も、エクスタシーまであとひと息というところで終わってしまった感じだね。特に前半は小説の複雑なプロットと人間関係を絵解きするのに精いっぱいだし、ラストシーンもハリウッド的きれいごとで肩すかし。

そこここにエルロイらしいダークな雰囲気と、デ・パルマらしいショットがあるんだけど、同じエルロイ原作の傑作『LAコンフィデンシャル』が湛えていた圧倒的な闇の深さと登場する男たち女たちの艶っぽさには及ばなかった。

デ・パルマはもともと『殺しのドレス』『ボディ・ダブル』といったディテール命の小味な官能的サスペンスを得意とする監督。『ブラック・ダリア』は素材としてはそちらの系列なのに、デ・パルマらしい「けれん」を全開できない大作としてつくらざるをえなかったことが惜しい。デ・パルマ自身の製作で思うままに映画化したら、もっと官能的な『ブラック・ダリア』になっていたかもしれないな。


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Comments

こんばんは♪
TBありがとうございました。
こちらのミスで違う映画(メゾン・ド・ヒミコ)のTBが入ってしまいご迷惑をおかけしました。
お手数ですが削除していただけますでしょうか。
さて、この作品は私もデ・パルマということで期待していました。
>『殺しのドレス』『ボディ・ダブル』といった小味な官能的サスペンス
どちらも大好きな作品です!
また、「L.A.~」も好きなので、二重に期待していたのですが、ちょっと残念な結果に終わってしまいました。

Posted by: ミチ | October 19, 2006 at 10:13 PM

デ・パルマ得意の小味な作品にするには、エルロイの小説は複雑すぎるし長すぎますよね。原作がもっと長くて複雑な「LA」の成功は、脚本のヘルゲランドの力量にもよると思いますが、今度の脚本はやや平板な気がしました。

Posted by: | October 19, 2006 at 11:31 PM

果たして原作を読んでいなかったらどんな風に思えたのか。
とにかく意図の見えづらい脚本に大いに不満ありでした。
加えてヒラリー・スワンクにファム・ファタールをというのは、「チャイナ・タウン」でのフェイ・ダナウェイや「LAコンフィデンシャル」でのキム・ベイシンガーのような妖しげな色香が欠けていた分、かなり厳しかったです(苦笑)。

Posted by: nikidasu | October 22, 2006 at 01:47 PM

フェイ・ダナウェーやベイシンガーみたいな「妖しげな色香」ってやつは、生得のものなんでしょうか、生き方からにじみ出てくるんでしょうか。最近ではファム・ファタールが似合う女優はなかなかいませんね。個人的にはミシェル・ファイファーあたりに(年増ですが)、そういう役をもっとやってほしいのですが。

Posted by: | October 23, 2006 at 02:29 PM

言われてみれば、対になった人物がいろんなところに登場していましたね。
マデリンの父親とその友人もそうですし、ケイとマデリンも白黒で表裏一体を思わせるし。

てなわけで、TBありがとうございました。

Posted by: にら | November 01, 2006 at 04:50 PM

エルロイの原作のなかからデ・パルマ好みの人物設定を抜き出したって感じですね。どうせなら、それをもっと徹底させてほしかったと思うのですが。

にらさんのエントリ、いつも楽しく拝見させていただいてます。

Posted by: | November 02, 2006 at 07:31 AM

はじめまして。
リンクをたどってこちらへたどりつきました。ドッペルゲンガーのお話、マデリンのお話、とても面白く興味深く読ませていただきました。ありがとうございました

Posted by: じぇるの | November 03, 2006 at 12:33 AM

コメントありがとうございます。

じぇるのさんが書かれている「人間の恐ろしさ」、そのなかでいちばん恐ろしいのがドッペルゲンガー=自分ではないかと思うのです。そのあたりが描き込まれていれば、もっと面白い映画になったんじゃないでしょうか。

Posted by: | November 03, 2006 at 11:49 PM

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