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September 03, 2006

『ユナイテッド93』と疑似ドキュメンタリー

2001年9月11日。ニュージャージーのニューアーク空港を飛び立ったユナイテッド93便はアルカイダのイスラム原理主義者4人にハイジャックされた。同時にハイジャックされた別の3機が世界貿易センターや国防総省に突っ込んで自爆テロの目的を達したのに対し、93便だけは米国議会議事堂を目指しながらワシントン近郊に墜落した。

『ユナイテッド93』の印象をひとことで言えば、まるで事件に居合わせた誰かが記録した映像を編集したドキュメンタリーである「かのような」映画。

9.11の朝、イスラム青年が敬虔な表情でベッドに座りコーランを読んでいる。別の青年が現れて「さあ、出かける時間だ」と告げて、4人のハイジャッカーが空港へ向かう。空港では93便の出発準備が進められ、クルーが搭乗してくる。出発ロビーの乗客は話をしたり新聞を読んだりしながら搭乗のアナウンスを待っている。

そんな情景を、手持ちカメラの不安定な映像が、短いショットを積み重ねてテンポよく追っていく。素人が撮影したような、カメラを急激に振ったり、ピントを合わせなおすカット、粒子が荒れたカットも意識的に挿入されている。背景に音楽はなく、現実音のみ。

そんなドキュメンタリー的な手法は、別の部分にも見られる。そもそも脚本を書くに当たって遺族や関係者にインタビューを重ねたというし、何人ものほんものの航空管制官が自ら出演して9.11当日の自分を演じている。他の役者も、名のある俳優(少なくとも僕が知っている俳優)はひとりもいない。そこからは、この作品をフィクショナルなドラマではなく、事実に即したドキュメンタリー・フィルムに近づけようという意図が明確に読みとれる。

ともすればウソっぽくなる劇的な描写を避ける姿勢は、画面の緊張が高まっても変わらない。最初のハイジャック機が世界貿易センターに突っ込む瞬間は、事件以来繰り返し見慣れた映像ではなく、レーダーの上からハイジャック機のアイコンが音もなく消えることで静かに示される。

ユナイテッド93がハイジャックされる場面も、事態を知った乗客が「反乱」を起こすクライマックスも、ドラマ的な盛り上げをつくる演出はほとんどなされない。それまでと同じ、近くにいる誰かが撮ったような映像で処理されている。

最初から最後までそんなスタイルを徹底させた、なかなかよくできた映画なのだ。

疑似ドキュメンタリーの手法を取ることによって、もうひとつ別の意味が生まれることを、ポール・グリーングラス監督は意識していたにちがいない。それは、記録映像のようなスタイルを取ることで、登場人物の心理描写や内面描写に踏み込む必要がなくなること。登場人物の心理・内面に踏み込まないことによって、価値判断ぬきの「中立的」「客観的」描写が可能になる(本当にそうかどうかはひとまず措いて)ということだ。

だからこの映画では乗客や管制官を「ヒーロー」として描いていないし、ハイジャッカーをハリウッド的な「悪」としても描いていない。4人のイスラム原理主義者は、少なくともブッシュが「テロリスト」と憎々しげに呼ぶような人間像からは遠い。そこには自爆テロの緊張に押しつぶされそうになり、逡巡したり不安に駆られたりする青年がいるだけだ。

それはグリーングラス監督が、9.11という扱い方によってはとても危険な素材をどう映画化するか考えぬいた末に採用した戦略ではないだろうか(彼は『ブラディ・サンデー』でもドキュメンタリー・タッチの映画をつくっているというが、未見)。

もっとも、だからといってこの映画が「客観的」「中立的」かといえば、そんなことはない。いくら事実に基づき、事実に近づけるといっても、多面的な事実のどこをどう切り取り、どう見せるかによって、事実の意味はさまざまに変化する。

例えば、「さあ、出かける時間だ」というこの映画のファースト・シーンをラスト・シーンにして、イスラム青年がどのようにして「テロリスト」になり、自爆テロに参加することになったのかという事実を切り取って映画化すれば、『ユナイテッド93』とはまったく別の文脈を持つ映画になったろう。

その意味で、この映画が他のハイジャック機ではなくユナイテッド93を選んだこと自体には政治的な文脈がある。93便は、機中の乗客から家族への電話などから、機内で乗客の「反乱」があったことが明らかになっている。ことさらにドラマ的な善悪や盛り上がりをつくらなくとも、疑似ドキュメンタリー映像のなかから「アメリカ人の誇り」が立ち上がることが作り手にはわかっていたろう。

そのために、この映画はインタビューしたり本人が出演したり、できるだけ事実に寄り添いながらも、ひとつだけ事実を改変している。

ラスト・シーン。乗客たちは爆弾を身につけたハイジャッカーを襲い、ついにハイジャッカーが操縦するコックピットにに突入する。そして彼らをやっつけるのだが……という部分。公式報告書では、「反乱」を起こした乗客がコックピットに進入することができないまま93便は墜落したとされている(ウィキペディア)。

いくらドキュメンタリー・タッチとはいえ、公式報告書の事実どおりでは映画的興奮も「アメリカの誇り」も立ち上がってこない。だからここは、どうしても乗客がコックピットに突入しなければならなかった。

これはあくまでドキュメンタリー的な手法によるフィクションなのだから、まあ小さな改変に目くじらを立てることもない。そのことを踏まえても、この映画は独自のスタイルを持ち、昨今のナショナリスティックなハリウッド映画とは一線を画している。これは映画の作り手たちが、ブッシュ的な愛国映画ではもはや世界市場に通用しないという冷静な計算をした結果なのかもしれないな。

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Comments

こんにちは♪
TBありがとうございました。
>9.11という扱い方によってはとても危険な素材をどう映画化するか考えぬいた末に採用した戦略多分そうなんでしょうね。
そしてそれが見事に成功したのだと思います。
これから公開の「WTC」はどういう風に描かれているか楽しみです。

Posted by: ミチ | September 04, 2006 at 04:57 PM

深読みにすぎるかもしれませんが、いろんな意味でよくできている映画でした。

「WTC」の「奇跡の生還の実話」とオリバー・ストーン監督の組み合わせは、ワタクシ的には期待3分に不安7分といったところです。きっと見に行くでしょうけど。

Posted by: | September 05, 2006 at 12:47 AM

おはようございます。
終盤の乗客がテロリストに向かって「反乱」を起こす、
そこに私も「アメリカ」を感じました。
とにかく考え抜かれた力作ではありました。

Posted by: nikidasu | September 05, 2006 at 08:52 AM

TBさせていただきました。

拙文では触れませんでしたが、ラストの“捏造された反撃”がアメリカの誇りの顕れであるというご指摘はまさにその通りだと思います。

一映画作家として、ポール・グリーングラスはなかなかしたたかな男だなと思いますが、今、アメリカで映画を撮るに当たって、決して娯楽に終始せず、かといって頭の悪いアメリカ的保守性を完全には排除しないというクレバーさは、貴重かもしれませんね。
わが道を進む先人達(イーストウッドやクローネンバーグ)とは趣が異なるのですが、ポール・グリーングラスの映画は今後も観ていきたいと思わせる作品でした。

Posted by: [M] | September 05, 2006 at 10:10 AM

>nikidasuさま

戦後生まれの僕たちは映画も音楽も小説もたっぷり「アメリカ」に親しんで(毒されて)育ってきましたから、こういう「アメリカ」には複雑な感情を持ちますね。でも、イギリス人監督のもつ「アメリカ」への距離感が、この映画ではとてもうまくいっていると思いました。

>[M]さま

ポール・グリーングラス監督の映画は初めてでした。おっしゃるように、相当なしたたかさを感じます。さっそく『ボーン・スプレマシー』や『ブラディ・サンデー』(DVDがあるでしょうか)を見ようと思います。楽しみな監督が出てきましたね。イーストウッド、クローネンバーグ級になってほしいものです。

Posted by: | September 05, 2006 at 11:55 AM

雄さん、初めまして。 この映画の衝撃は大きいそうですね。
アメリカ政府の「93便は墜落した」という公式見解を基にしてますが、この事件は日本の新聞・テレビが隠している? 事実が沢山あるようですね。最新の米・世論調査では約4割の人が政府の9/11への関与を疑っています…。

「2001年9月11日にはテロは起こっていない・・・」とする、22歳のディラン・エイブリー監督が百万円以下で自主制作した、9.11 ドキュメンタリー「Loose Change=ルース・チェインジ」が全世界に衝撃を与えていますが、既に二千万人以上がネットで観て話題です。

いまアメリカ国内では「9.11真相解明運動」が高まっていて、5年目を迎える今週末から、NYで真実運動派の4日間のイベントも行われます。又、5周年に合わせ世界12カ国のTVで「LC」が放映されるという情報も。

英語版なら色んな場所から、2弾=完全版を無料でダウンロードできます。グーグル版は「911 cover up」410MBと、著作権対策の「Recut」827MB。ZIPの「DVDripConCen」のSRTがグーグル版英字幕。詳しくは検索で。観ると目から鱗が落ちるかもしれません。真実に関心があればお薦めします。
http://www.loosechange911.com/download/trailer.wmv
http://www.wa3w.com/911/index.html
http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1461254
http://video.google.com/videoranking

Posted by: ホワイト・ラビット | September 06, 2006 at 12:23 PM

興味深い情報をありがとうございます。ものごとを多面的に見ることは大事ですよね。さっそく見てみます。

Posted by: | September 07, 2006 at 12:10 PM

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