「銀座 酒と酒場のものがたり」
今和次郎・吉田謙吉「銀座のカフェーWaitress服装採集」(1926、本書から)
面白い本を手に入れた。銀座社交料飲協会というところが刊行した『銀座社交料飲協会八十年史 銀座 酒と酒場のものがたり』(2005、非売品)。
銀座社交飲料協会というのは、名前からも想像がつくように銀座のバー、クラブ、キャバレー、喫茶店に、一部のレストランや鮨屋も加わった団体。関東大震災から2年後の1925(大正14)年に37店で発足し、2005年で80年になるのを記念して編集された、B5変型4色刷り240ページの豪華な「夜の銀座」史だ。
年毎のトピックを集めた編年体になっているんだけど、なによりも収録された資料が素晴らしい。写真、ポスター、イラストレーション、マンガ、広告、マッチのラベル、映画のスチール、カフェのメニュー、地図といった図版類。テキストも、雑誌の特集、コラム、座談会、作家や文化人のエッセー、流行歌の歌詞、そして詳細な年表と、「夜の銀座」に関するありとあらゆる資料が丹念に集められている。
とくに興味深かったのは、戦前のカフェーがどういうものか、どんな店構えで、どんな女給がいて、どんなメニューで、どんなサービスをしていたのかがよくわかったこと。
関東大震災前後に登場した銀座のカフェーは、日本のモダン文化の象徴だった。夜ごと有名人が顔を見せた老舗の「ライオン」とか、美人女給をそろえ永井荷風や菊池寛が通った「タイガー」とか、戦前の作家のエッセーによく出てくるんだけど、その実態がどういうものかは、いまひとつ腑に落ちなかった。それをヴィジュアルを含めた多彩な資料で色んな角度から明らかにしてくれる。
たとえば、雑誌の特集「カフェー女給さんの24時間」。「カフェ・ライオン鼻つまみ番付」(前頭・廣津和郎「店のことを小説にかくから」、同・尾崎士郎「宇野千代に飲代を貰ってくるから」)。今和次郎他「銀座のカフェー服装採集」。
小島政二郎「カフェー断片」。谷崎潤一郎「カフェー対お茶屋・女給対芸者」。「銀座行進曲」歌詞。アサヒビールのポスター(カフェの女給)。「カフェ外観写真集」。クロネコのメニュー。濱谷浩の写真「カフェ銀座パレス」。山名文夫の「カフエ・バア・喫茶店広告図案集」、などなど。
「カフエーは、ちゃちながらも、現代建築の小模倣があり、光度、照明、座作にも、相当時代的な快適がともなふであらう。ジヤズの騒音と、葉巻の紫煙の中でしきりと琥珀色の液体を胃腑に注ぎ込む。思ひきって魅惑的な、或は貞操からすらも解放された気に見える、小鳥のように自由な、年若な女性と華やかに接触する。……現代人欲望の中心たる酒精と女性はここで完全に包合する」(千葉亀雄「カフエーの社会的意義」『経済往来』1928年)
大正末から流行り、「モボ・モガ」の流行語を生み、「エロ」で売り、日中戦争勃発後、急速に規制され消えていったカフェーは、今でいえばキャバクラみたいなもんだろうか(行ったことないけど)。
いずれにしても、「夜の銀座」についてなにか調べようとしたら、今後は必ず参照しなければならない貴重本。非売品だから手に入れにくいけど、国会図書館、都立中央図書館、中央区図書館あたりには入ってるんじゃないかな。
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