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August 12, 2006

『レイヤー・ケーキ』の階層

冒頭で、麻薬密売人のXXXX(ダニエル・クレイグ)がロンドンの典型的な労働者階級の赤レンガ住宅に入っていく。仕入れた麻薬の作業場。彼は「末端のユーザーは避けろ。必ず問題が起こる」なんてつぶやくから、麻薬を仕入れ、売人のギャングに卸す仲買人なのだろう。

XXXXはボスに呼ばれて彼の邸宅へ赴く。郊外の広大な緑の敷地に建てられた、かつては貴族が住んでいただろうシャトー。赤レンガ住宅とシャトー、2つの建物のショットで『レイヤー(階層)・ケーキ』というタイトルの意味が示される。

普通の映画なら、最下層のレイヤー(ちんぴら)から最上級のレイヤー(ボス)へと登ってゆく野心に満ちた男が主人公になる。でもXXXXはそんな野心にあふれた男ではなく、自分を「ギャングじゃない、ビジネスマンだ」と呼ぶ。

そんなクールな男が、「好調なうちに引退しろ」という金言に従って引退しようとするのだが、ボスに命じられた最後の2つの仕事をこなすうち、そこに仕掛けられた罠にはまって……。レイヤーから降りようとした男が、気がつけばレイヤーを駆けのぼり、そこからさらに反転する結末を迎える。

どんな危険や裏切りに直面しても、顔の筋ひとつ動かさないXXXXのクールさに対応しているのが、平面を強調した映像だ。

シネマスコープの映画は横長の画面に奥行きを感じさせるため、前景や中景を配して立体感と動きを持たせようとするのが普通だけど、ここでは意識的に前景や中景なしの平面的で静的な画面をつくり、カメラが平面的な映像に沿って平行移動するという、主人公の冷静沈着さに見合ったスタイルを取っている。冒頭の、ドラッグストアのモノクロとカラーが反転するしゃれたシーンからそれは始まる。

もっともそれがマシュー・ボーン監督のスタイルだというほどの強烈さはない。もともとヒット作のプロデューサーで、この映画で初めて監督をつとめるボーンは、なかなか粋な映像と音楽(60~70年代の懐かしいブリティッシュ・ロック)を次々に繰り出してくるけれど、あくまで部品の面白さで、惜しいことにそれらが1本の映画として結晶していない。

名だたる階級社会であるイギリスの表と裏のレイヤーについても、もっとイギリス映画らしい寸鉄人を刺す皮肉を期待したのだが。麻薬を国の産業としてつくっているセルビア人が悪役として登場するのもステロタイプ。いい素材、いい役者、いい音楽なんだけどね、惜しい。

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