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July 24, 2006

『ゆれる』のもうひとつの可能性

『ゆれる』の評判がいい。僕の行った平日の最終回(新宿)もほぼ満員。オダギリジョーが出ているからか、兄弟の葛藤という題材が人の心を引きつけたのか、西川美和監督の実力か、あるいは魅力的なポスターの力もあずかったのか。

僕はちょっと誤解していたかもしれない。企画に是枝裕和が噛んでいること、カンヌ映画祭(監督週間)に出品されたことなんかから、単館ロードショー系のマイナーな映画かと思っていた。

確かに、過剰な説明を避けて多義的な解釈を許す脚本や、繊細な風景描写、大胆な音の使い方(省略)など、この映画には常識的な文法を踏み外したところがたくさんある。でも、これが長編2作目(1作目は『蛇イチゴ』。未見)の西川美和の資質は、ひょっとしたらエンタテインメント系の映画にこそ向いているのではないか。そんなふうに思った。無論これは、おとしめているつもりはない。

なぜそう感じたのかは、説明が必要だろう。ポイントは、弟の猛(オダギリジョー)が誰も予想しなかった証言をするクライマックスと、そこにいたる描写にある。

兄の稔(香川照之)と一緒に橋を渡って転落した智恵子(真木よう子)の死は事故なのか、殺人なのか? 西川美和は事件の核心を、観る人によってどちらにも取れるように描いている(と僕には思えた)。いわば、殺意はあったかもしれないが事故だった、あるいは事故だったかもしれないが殺意はあった、というふうに。それがどちらだったかは、記憶を反芻するなかで兄自身にすらよくわからなくなってしまった、とも見えるように描写されている。

事件・逮捕・自白・面会・裁判といった過程で、兄も弟も「ゆれる」。兄弟の感情は、2人の過去の関係性にとらえられてぐらぐら変化し、その結果、事件に対する証言も一貫性を欠くものになる。事故が起こったとき、兄は呆然としているが、やがて殺意があったことを「自白」し逮捕される。裁判では、叔父の弁護士(蟹江敬三)の誘導に従って事故であることを淡々と述べる。

その過程で、暗示的な描写が散りばめられる。事故の前の晩、猛が智恵子とセックスしたのを、智恵子に好意を寄せる稔は気づいていた(らしい)。兄の腕に残る傷跡は、幼い兄弟が事件が起きたのと同じ橋をかつて2人で渡ったとき、数十年後に再現されるのと似た事故が起こった(らしい)。

そんな過去と、地方都市で家業のガソリンスタンドを継いだ地道な兄と、東京でカメラマンとして成功した奔放な弟の現在がからんで、怒る父(伊武雅刀)に対しては結束していた兄弟の間に、心の底にあった憎しみが噴出してくる。兄も弟も、愛と憎しみに引き裂かれて「ゆれる」。

弟は、兄の無実を訴えるはずの証言台で、「兄を自分に取り戻すために」、誰も予期しなかった証言をする。その証言が、そこまでの過程で観客が納得するように描かれているかどうかが、この映画の核。で、僕はといえば、必ずしも画面から説得されなかった。

それがなぜかは、ネタバレしそうで詳しくは述べられないけど、兄の殺意の存在がなぜ「兄を取り戻す」ことになるのかが十分に描写されていないことにあると思う。兄弟の過去のいきさつが暗示的に、色んな解釈を許すように描かれていることの弱点が、決定的な場面で出てしまったように感じた。

こういう映画のつくり、2人の過去を多義的に描くつくりでなく、幼い日の出来事、職業の選択、親子の対立、智恵子をめぐる確執といったことがらを、誰にも納得できるような因果関係で結び、その上で2人のぐらぐら「ゆれる」理由を少しずつ種明かしして、クライマックスは最後の証言、というエンタテインメント系の作品に仕上げる選択肢もあったんじゃないか。そしてここには、そんな見事なサスペンス+法廷劇になりうるメリハリの効いたセリフや画面が、そこここに散りばめられている。

ひょっとしたら西川美和は自分の資質に気づいていないのかな、なんてことも思った。いまこの国で作家性の強い映画監督の代表である是枝裕和ではなく、別のプロデューサーが彼女の映画を企画したら、まったく別のテイストの、でも面白い映画が生まれるかもしれない。無論、それで失敗する例もまたたくさんあり、その結果、「商業主義に屈した」などと批判されるかもしれないが。

でも、僕が今の日本映画に期待したいのは、作家性にこだわったマイナーな映画ばかりでなく、あるいは小劇場やテレビのバラエティをスクリーンに移したにすぎないこじんまりした笑いばかりでなく、ハリウッドのなかで作家性にこだわりつつ素晴らしい映画をつくっている(だから失敗作もあるけど)イーストウッドやリドリー・スコットやクローネンバーグみたいな存在が出現すること。ま、それは監督というよりシステム全体の問題だけど、西川美和はそういう資質を十分に持っていると思った。

出演者のことを書くには長くなりすぎたけど、この映画は別の視点から見れば、オダギリジョー、香川照之2人の役者の肉体の輝きから成り立っている。

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Comments

こんにちは。昨日観てきました。
『蛇イチゴ』は未見ですが、所謂ドキュメンタリー的なショットを安易に撮らず、きちんと劇映画していたと思いました。説明を避け、多用な解釈を誘うあたりはやはり是枝的なんでしょうかね。
私の中の是枝監督は、常に“その先にあるもの”を観客に思い描かせる監督のように思えるのですが、本作でも何となくそれと同じことを感じました。
俳優陣は総じて良かったですね。とくに香川照之は本当に凄いなと思いました。

Posted by: [M] | August 08, 2006 at 05:24 PM

僕は是枝監督の映画にいつも、微妙な空気や感情をすくいとる技の冴えを感じますが、この映画にもそれはあったと思います。でも「劇映画」の部分に過剰反応して、ないものねだりのようなことを書いてしまいました。

香川照之はあまり見ていないのですが、すごい役者ですね。『アカルイミライ』や『血と骨』で素晴らしかったオダギリジョーがちょっとかすんで見えました。

Posted by: | August 09, 2006 at 01:40 PM

おととい見たものです。
いまだにゆれております・・・振り返ってみて、なんだか全て監督さんの策略に乗っていたんだなあと思いました。
TBさせていただきました~

Posted by: カオリ | October 02, 2006 at 10:14 PM

ほんとにこの映画の「ゆれる」感覚は後を曳きます。映画を見て2カ月になりますが、まだあの吊り橋の上にいるような体感が残っています。

Posted by: | October 03, 2006 at 11:07 PM

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