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July 17, 2006

『キングス&クイーン』とヌーヴェルヴァーグの遺伝子

アルノー・デプレシャンの映画を初めて見る。

「トリュフォーの再来」といわれるデプレシャンの新作『キングス&クイーン』のファースト・シーンはパリの街角。陽光きらめくマロニエの並木通りをタクシーが走ってきて止まり、ヒロインのノラ(エマニュエル・ドゥヴォス)が降り立つ。彼女に降りそそぐ木漏れ日の揺らめきと柔らかな空気に、まぎれもなくトリュフォーの遺伝子を感じてしまった。

窓ごしに入ってくる逆光のなかでノラはじめ登場人物の上半身が捉えられるショットがいくつもある。顔がシャドーになった人物の背後に、ハイライトになった白い壁やカーテン、あるいはちょっとした色がアクセントになっている。そんな、あふれるばかりの光がなんとも印象的な映画だ。

それ以外にもトリュフォーあるいはヌーヴェルヴァーグのいくつもの遺伝子に気づく。

車から降りたノラは経営している画廊に入っていき、仕事の指示を与えるシーンがつづくが、次のショットで彼女はいきなりカメラに向かって語りだす。「最初の結婚で子供ができ、夫は死んだ。2度目の夫とは1年前に離婚した。先週、ある実業家にプロポーズされた」。

俳優がカメラを見つめ、カメラに向かって話す、あるいは俳優がインタビュアーに答えるドキュメントふうな手法はヌーヴェルヴァーグが多用したやり口だった。

ノラがグルノーブルに住む作家の父と、父に預けてある息子を訪ねると、父はガンに侵されているのがわかり入院することになる。ノラが病院の廊下のソファーに座っていると、男がいきなり現れてノラと親しげに話しはじめる。誰だろうと思っていると、やがて話の中身から男はノラの最初の夫、つまり死者であることがわかってくる。

だからこれはノラの幻想なんだけど、幻想シーンであることを示すきっかけ(思いにふけるノラの顔のアップとか、音楽が変わるとか)はなにも示されない。それまでの日常シーンとなんら変わることなく当たり前のように接続されている。以後も現実と幻想が自在に入れ替わり、これまたヌーヴェルヴァーグ的な感覚。

あるいは、登場人物が詩やシェークスピアのせりふを口ずさむ。ゴダールのように引用そのものが映画をドライブさせるわけではないにしても、引用好きもまたヌーヴェルヴァーグの遺伝子だね。そんなゴダールやトリュフォーを意識した手法を取り込んで、多様な視線をもつポリフォニックな映画をデプレシャンはつくりだした。

音楽もまたそのことを示している。ノラが車を降り立つファースト・シーンとラスト・シーンは懐かしの「ムーン・リヴァー」(『ティファニーで朝食を』ですね)。もうひとりの主役、ノラの2度目の夫イスマエル(マチュー・アマルリック)が登場するシーンでは激しいリズムのヒップホップ。

ほかにもノラのシーンではフレンチ・ポップスやクラシック、イスマエルのシーンではブラック・ミュージックやジャズと、白人系の音楽とアフリカ系の音楽が意識的に使いわけられている(イスマエルはヴィオラ奏者で、彼が現代音楽を演奏するシーンもある)。

音楽が変わると、画面のタッチも変わる。ノラや作家の父、息子が登場するシーンは端正で美しく、イスマエルや病院で親しくなる「中国女」(!)、ノラの妹が登場するシーンでは手持ちカメラの不安定で動的なショットが多用される。

ノラの視線。イスマエルの視線。このふたつの視線を中心に、父や妹、最初の夫などのたくさんの視線が入り混じって、それぞれに画面やつなぎ、音楽がつくりだすタッチが異なっている。だから映画に統一感がなく、そのごった煮のような多様さこそデプレシャンが狙ったものにちがいない。

いくつもの視線が折り重なり、はじめよくわからなかった人間関係がはっきりしてくるにつれて、結婚を控えた幸せなノラの過去が徐々に明らかになってくる。最初の夫はなぜ死んだのか? ノラと父はどういう関係にあったのか? ノラは新たな結婚のために、息子を義理の元父親であるイスマエルに押しつけるのか? 3度目の結婚は打算なのか? 

正直なところ、東洋の島国に暮らしている僕らにはヨーロッパの白人の人間関係、特に父娘の関係はよくわからない。フロイト的解釈もできそうな、過去のトラウマもよくわからない。だからノラに対しては、彼女の孤独に同情はしても、ノラの父が彼女について書き残したように傲慢で偽善的なブルジョア女と思うだけで、見ていて何の共感も覚えないんだな。

デプレシャンはノラの過去を暴く一方で、そんな孤独を抱えながらも積極的に(息子を養子に出し、金持ちの実業家と結婚するってことだけど)生きようとする彼女になにがしかの共感を覚えているように見える。でなきゃ最後に「ムーン・リヴァー」使わないものね。最初と最後にこの曲を使うことの意味は、「みんな孤独に、でもけなげに生きている」ってことでしょ。

そんなノラの姿に、ヨーロッパの観客は同じように共感を覚えるんだろうか。よくわからない。ついでに言えば、僕はエマニュエル・ドゥヴォスにちっとも魅力を感じないんだけど、フランスの観客にとって彼女は魅力ある女なんだろうか。

ノラに対して、社会常識がなく、自分勝手でいいかげんだけど才能あるミュージシャンのイスマエルには、つい親しみを感じてしまう。

強制入院させられた精神科の病院で親しくなった「中国女」に、退院してしばらくほったらかした後に彼女への愛に気づいて電話するシーン。中世ふうの奇抜なマントに身をくるんで彼女に会いに行くシーン。あるいはノラの息子を連れて博物館に行き「父」としてふるまうシーンなど、ノラと対照的に、自分勝手でいい加減なふるまいの底の誠実さを感じさせる。マチュー・アマルリックがそんな愛すべき男を魅力的に演じている。

「キングス&クイーン」とは、クイーンであるノラと、彼女を取りまくイスマエルや最初の夫、父などのキングたちということだろうか。それとも、カードの何かの手、何かの比喩なんだろうか。

カトリーヌ・ドヌーヴが大年増の魅力を醸しだしてる。『反発』のころを知っている身には感慨深い。

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Comments

はじめまして、TBありがとうございました。
この作品に対しては、微妙に複雑な感情を持ってしまって、未だに判断がつかないでいます。が、絶賛している方が多いので、私は絶賛ではないなーという感じです。
こちらの記事を読んで、ヌーヴェルバーグを観倒している人だとまた感想が違うのかもと思いました。私はそんなに観ていないので。
ちなみに私はエマニュエル・ドゥヴォス大好きです。私はファニー・アルダンに通じるものを感じるんですが。ただこの作品では、オシャレすぎる気もしました。

Posted by: わかば | July 17, 2006 at 09:50 PM

私もこの映画、絶賛という感じではありません。ごちゃごちゃ感が面白いといえば面白いのですが、いまひとつこの監督の個性がつかめませんでした。

なるほどファニー・アルダンですか。そう言われれば納得するところがあります。フランスの観客はやはり大人なのか、ただの美男美女ではない俳優に人気がありますね。

Posted by: | July 20, 2006 at 10:38 AM

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