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May 03, 2006

『美しき運命の傷痕』のキャロル・ブーケ

主役の娘3人の母親役を演ずるキャロル・ブーケの存在感に圧倒された。おかっぱの白髪。車椅子、しかも精神を病んで言葉を発することができない。ほとんど目の光と、筆談する指先だけの演技。彼女自身はまだそんな歳ではないはずだけど、老いの美しさと狂気を発散させて、娘3人を、そして男たちを食い、支配してしまっている。

キャロル・ブーケといえば30年前、ブニュエルの遺作『欲望のあいまいな対象』でデビューしたときの冷たい官能を思い出す。貞操帯を身につけ、人を人とも思わぬ目つきで、フェルナンド・レイのブルジョア老人を翻弄していた。その後の出演作ではクールな美人女優というイメージが強かったけど、こういう癖のある映画が嫌いじゃないみたいだな。

エマニュエル・ベアールの長女は、両親が住んだアパルトマンに暮らし、浮気した夫とドア越しに両親がやったとまったく同じ確執を繰り返す。次女のカリン・ヴィアールは、父親のある姿を目撃したことがトラウマとなって、男とうまくつきあうことができない。3女のマリー・ジランは父親のような大学の教師と不倫の関係にある。親との関係に挫折した3人の娘たちの愛の「地獄」(原案はキェシロフスキが映画化しようとしたダンテ「神曲」の「地獄篇」)が、赤、青、緑の3色を3人の姉妹に配しながら描かれる。

ヨーロッパ人がエゴをとことん突き合わせ、傷つけあうのを真正面から見つめるこういう映画はどうも苦手だ。でもそれだけに、最後に「私は後悔してない」とつぶやく、エゴの果てのようなキャロル・ブーケの狂った母には凄みがあった。

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Comments

こんにちは、TBありがとうございました!
久しぶりに会った姉妹はなかなか和気藹々としていて「おお、このまま大団円になるのかな?」と思っているところに母親の最後の台詞・・・。
なかなか凄みがありましたね。
決して大好きな作品、というわけではありませんが残酷な中にも優雅さを失わないところにフランス映画らしさを感じました。

Posted by: Ken | May 03, 2006 06:27 PM

トラックバック、ありがとうございます。感謝します。ストーリーも登場人物も、その背景も端的に文章化し、そこへ独自の評論を入れている。なかなか高い文才のある方ですね。読みながら、頷くこと多く、また、勉強になります。ありがとうございました。これからも宜しくお願いします。  冨田弘嗣

Posted by: 冨田弘嗣 | May 03, 2006 11:07 PM

>Kenさま

久しぶりに会った3姉妹が列車のなかで醸し出す空気はとても親密でいい感じですけど、それもラストの一言のための伏線だったのでしょうか。この映画とかフランソワ・オゾンの作品とか、フランス映画にはやはり独特のテイストがありますね。

>冨田さま

私も冨田さんのブログを拝見して勉強になりました。これからもよろしくお願いします。エマニュエル・ベアールはあまり好きなタイプの女優ではないんですが、夫の愛人に鼻を寄せて匂いを嗅いだり、裸で夫に寄り添って拒否されたり、雨に打たれたり、印象に残るシーンがたくさんありましたね。

Posted by: | May 07, 2006 06:03 PM

最近話題の平塚での事件のことを思えば、この映画は日本人のケースに比べると、ずっとおおらかな様な気がします。それだけ向こうのほうがはっきり自己主張をするということなのでしょうね。
キャロル・ブーケはほんとうに一世一代というか空前絶後というか、近年稀に見る(笑)演技でした。これだけでもリアルタイムで観てよかったと思います。

Posted by: kiku | May 15, 2006 01:25 AM

ヨーロッパの女優には年を取るほどに良くなる人がいますが、キャロル・ブーケもその一人でしょうか。彼女を見たのは久しぶりですが、これからはマークしなきゃいけない女優の一人になりそうです。

Posted by: | May 17, 2006 06:44 PM

キャロル・ブーケは以前広末涼子ちゃんの映画「WASABI」で彼女を知りました。

短い出番でしたが、彼女の上品さとクールさにはすごく印象を残しました。

Posted by: 台湾人 | December 01, 2009 12:26 AM

「wasabi」は見てないのですが、台湾人さんはクセのある女優さんがお好みのようですね。キャロル・ブーケは若いころより、ずっと良くなったと思います。品のよさって、努力して身につくものでもありませんから、こういうものをもった女優は貴重ですね。

Posted by: | December 02, 2009 06:56 PM

エマニュエル・ベアールとマリー・ジランも出演しているそうですね。

この映画は見たことがないのですが、ポーランドの名監督クシシュトフ・キェシロフスキが書いた脚本だそうですね。

私クシシュトフ・キェシロフスキ監督の映画が大好きなんです。

Posted by: 台湾人 | March 02, 2010 12:56 AM

台湾人さんがキェシロフスキが好きというのはよく分かります。私は正直のところ、少々苦手な監督なのですが。でも、ポーランド映画の苦さや深さを体現している監督ですね。

Posted by: | March 05, 2010 01:11 PM

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