『コーストガード』(DVD)
『コーストガード』は軍隊に過剰適応してしまった男の哀しみを、キム・ギドクらしいアクの強さと映像感覚と風俗描写であぶり出した映画だった。
大日本帝国の軍隊でも、下層階級出身の兵にとって軍隊は飢える心配がなく、階層も社会的地位も学歴も財産も関係なく「平等」で、古参兵ともなれば下には鬼軍曹としてふるまい、上官もそれを大目に見る、適応すればそれなりに「楽しい」場所だったという回想がある。
38度線沿いの海岸で、スパイの侵入に備え沿岸警備に当たっているチャン・ドンゴンも、そんな上等兵。任務に忠実なあまり、夜、立入禁止区域に入りこんだカップルの男を射殺してしまい、そこから彼と、恋人を殺された女の運命が狂いはじめる。
貧しい家庭に育ったキム・ギドク監督は、小学校を卒業した後、専門学校を出て工場で働き、その後、5年間の軍隊生活を送っている。その経歴が、除隊後、牧師を目指したというもうひとつの経歴が他の作品に影を落としているように、この作品には色濃く影響しているようだ。ラストでドンゴンと兵士の仲間がフット・バレーボールに興じ、「懐かしい日々」という歌がかぶさってくる回想シーンには、軍隊生活へのノスタルジーすら感じられる。キム・ギドクにとって軍隊生活はそれなりに充実した体験だったのかもしれない。
さて、任務に忠実だったドンゴンは表彰されるが、誤って民間人を殺したという自責の念にさいなまれる。恋人を殺されて狂った女が兵士たちと見境なくセックスを繰り返すのを見て、自らも徐々に精神に失調を来してゆく。
夜の警備シーンや兵士たちの日常は「軍隊もの映画」の決まり事を踏まえ、一方、海中に立てられたトーテムポールのような杭や、女の兄が営む海の家のキッチュな色の天幕、石鯛が泳ぐ水槽などは、キム・ギドクらしい風俗描写が冴える。前作『悪い男』のラストシーンがつながっているような海岸。彼はこういう風景が好きなんだな。
赤ん坊を身ごもった女が、兵士の不品行が露見するのを恐れた上官によって堕胎させられ、水槽を真っ赤に染めるシーンは、キム・ギドクの偏愛する水と血のイメージ。
キム・ギドクの映画群を貫く「贖罪」のテーマが、狂ったドンゴンが都会の雑踏で次の殺人を犯すという形で最後に浮上する。哀しいラストシーン。
今年は処女作『鰐』(1996)が公開されるらしい。今から楽しみだ。
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