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April 12, 2006

『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』と現代ウェスタン

去年のカンヌ映画祭に『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』を出品したトミー・リー・ジョーンズ監督は、これは現代的なウェスタンではないかという質問に、「馬とカウボーイ・ハットが出てくるからといってウェスタンとは限らない」と答えている。

確かにテキサスを舞台にしたカウボーイの映画という題材だけでウェスタンという枠にはめられるのは、「国境と、その両側の文化を扱った映画」であることを強調する監督と脚本家(メキシコのギジェルモ・アリアガ)にとっては不本意だろう。

でも僕がこの映画を見ての印象は、馬とカウボーイ・ハットだけでなく、映画の中身も深々とウェスタン映画の伝統に根ざしながら、でも同時に白人からの目に偏りがちなウェスタンの視線を相対化した、やはり現代的なウェスタンと呼ぶのがふさわしいような気がするのだ。

監督であり主役でもあるトミー・リー・ジョーンズ演ずる男ピートは、年老いた外見はともかく、ウェスタン映画のヒーローの精神をたっぷりと受けついでいる。

カウボーイの頭であるピートは、メキシコからの不法入国者メルキアデス(フリオ・セサール・セディージョ)を雇って、やがて深い友情で結ばれる。メルキアデスが何者かに殺されると、「俺が死んだら故郷ヒメネスに埋めてくれ」というメルキアデスの言葉に従って、保安官に遺体を渡すことを求め、ふとしたことで判明した犯人の国境警備隊員を逮捕するよう求める。

両方とも拒絶されると、ピートはひとりで保安官と国境警備隊に立ち向かう。犯人のマイク(バリー・ペッパー)を痛めつけ、遺体を掘り出し、拉致したマイクと遺体とともに馬に乗って国境を超えメキシコを目指す。

19世紀、開拓された西部の町々では法の支配が弱かった。法を代表するのは保安官だけれど、無法者に対抗できるような力を持っていないことが多かった。そこから西部劇のヒーローが生まれ、公の法ではなく個人の正義に基づいて無法者をやっつけることでドラマが成立する。

ピートも、法が役に立たないと知ると、ためらうことなくメルキアデスとの友情と信義に殉ずる。法も国境も、彼にとっては何の意味ももたない。馬に乗り、荒野と岩山と砂漠を横切ってヒメネスに向かう姿は、西部劇のヒーローそのもの。

でも、一方でこの映画はTLJが強調するように伝統的な西部劇というジャンルに収まらない映画でもある。

ピートはメルキアデスの遺体を故郷に運ぶことに、あくまでこだわる。腐りはじめた遺体がアリに食われると、火をつけて遺体を焼き、不凍液を口から注ぎ込む。ピートにとって、メルキアデスとの約束を果たすこと以外なにも目に入っていないようだ。保安官も拉致されたマイクも、ピートを「狂ってる」と言う。西部劇のヒーローであることを超えた偏執的な振るまいには滑稽感すら漂う。

ピートの旅は徒労に終わるのではないか。見る者は途中からそんな予感に襲われる。そうした気配が深まるほどに、彼を取りまく風景がいよいよ美しく感じられる。低い潅木が続く寂寥とした荒野の夕暮れ。砂漠の白い稜線と青い空。焚き火の影が揺れる夜の岩山。

映画の前半が過去と現在を交錯させたギジェルモ・アリアガ(『アモーレス・ペロス』『21グラム』)らしい複雑な構成をもっているのに対して、ピートが荒野に足を踏み入れてからはシンプルなロード・ムーヴィーになり、それだけに風景の美しさが心に沁みる。

とりわけ印象深いのはメキシコに入ってから。毒蛇に咬まれたマイクを助けるために、一行はメキシコ人の家(越境を試みてマイクに殴られたことのある一家)に滞在する。マイクが休んでいる漆喰壁の白い部屋で、カーテン越しに差し込むピンクがかった外光の神々しいような美しさ。

あるいは、村の酒場からピートが国境を超えて愛人(ダイナーのウェイトレス)に電話するシーン。少女が弾く古ぼけたチェンバロの音、無数の飾り電球が輝く夕暮れの酒場の風景が、愛人にメキシコに来ないかと愛を告げる老いた男の純情と悲哀を際だたせる。

ピートとマイクとメルキアデスを巡る2人の女が、少ないシーンながら素晴らしい。

田舎町で、夫とともにダイナーを営んでウェイトレスをしているレイチェル(メリッサ・レオ)。彼女は保安官やピートと浮気し、ピートには「愛してるのはあなただけ」と告げるけれど、彼にメキシコに来ないかと誘われると拒絶して夫と残ると言い、男には分からないわよ、と電話口でピートに告げる。

マイクの妻、ルー・アン(ジャニュアリー・ジョーンズ)。高校の同級生同士の2人は、知る人のいない国境の町に赴任して移動式住宅に住む。暇をもてあます彼女はダイナーの常連になり、レイチェルに誘われてメルキアデスと遊ぶ。

メリッサ・レオの中年に達した女の疲れた表情、ジャニュアリー・ジョーンズの若く美しいのに放心した表情が忘れられない。すべてが仮の建物であるような国境の町の空虚な風景のなかに、2人の女の孤独な姿が刻み込まれている。

ラストシーンでマイクが発する言葉は、この映画は伝統的なウェスタンではないというトミー・リー・ジョーンズ監督の自負を象徴するようなセリフ。このところ俳優が監督として映画をつくるケースが目立つけれど、TLJは第1作で自分のスタイルをつくってしまった。これは記憶に残る映画になるね。

画面の背後にカントリー、チカーノ・カントリー、テックス・メックス(メキシコと南西アメリカの融合音楽)が絶えず流れているのも魅力。

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