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March 30, 2006

『ヒストリー・オブ・バイオレンス』のロックウェル的世界

デビッド・リンチは、自分の作品につけられた「ノーマン・ロックウェル・ミーツ・ヒエロニムス・ボス」というキャッチフレーズが気に入っているという。

言うまでもなく、ノーマン・ロックウェルは「古き良きアメリカ」を描き続けたイラストレーター。ヒエロニムス・ボスは怪奇幻想の地獄絵を描いた近世オランダの画家。確かに『ブルー・ベルベット』も『ツイン・ピークス』も、アメリカの平和な田舎町が、ひと皮むけばその裏側にとんでもなく奇怪な世界を隠しているという映画だった。

デビッド・クローネンバーグもまた、リンチと同じようにノーマン・ロックウェルの世界にこだわりを持っている。『デッドゾーン』を撮るに当たっては、主役のクリストファー・ウォーケンに役作りの資料としてロックウェルの画集を贈り、ロックウェル調の看板を画面に登場させた(滝本誠『映画の乳首、絵画の腓』による)。

『ヒストリー・オブ・バイオレンス』も、クローネンバーグがいかにノーマン・ロックウェル的な世界に深い関心を持っているかを感じさせる映画だった。そもそも主役のヴィゴ・モーテンセンにしてから、意識してキャスティングしたんじゃないかと思えるほどロックウェル描く田舎のアメリカ男に見えないか? そしてリンチのキャッチをもじれば、この映画は「ノーマン・ロックウェル・ミーツ・ジム・トンプスン」とでも言ったらいいか(ジム・トンプスンはパルプ・ノワール小説の帝王)。

中西部インディアナ州ミルブルック。ヴィゴ・モーテンセンは、この小さな町で食堂を営んでいる。妻のマリア・ベロは弁護士で、夫婦の間にはハイスクールへ通う息子と幼い娘の2人の子供がいる。町から少し離れた草原のなかのカントリー・スタイルの家。朝のキッチンの情景は、それこそロックウェルのイラストそのままの明るく幸せな空気にあふれている(これがラスト・シーンへの伏線)。

ただし、映画は冒頭の長い、静かな、しかし不吉な空気をはらんだワンカットから暴力の匂いを漂わせる。流れ者の強盗2人組が、犯行を犯したモーテルで彼らを目撃した幼い娘を容赦なく撃ち殺す。そのショットに、モーテンセンの幼い娘が夢におびえて目を覚ますショットがつながって、モーテンセン一家に襲いかかる不安が暗示される。(以下、ネタバレです)

流れ者の強盗がモーテンセンの食堂に現れたことから、小さな町のロックウェル的世界に暴力が侵入しはじめる。でも、外部から暴力が侵入してくるのはあくまできっかけにすぎない。ロックウェル的世界が外部から犯されるのではなく、実は平和な小世界そのものの内部に暴力が潜んでいたことが徐々にあぶりだされてくるあたりが、この映画の面白さだろう。

信頼し愛し合って家庭を営んできた夫のなかに、妻のまったく知らない暴力の危険な匂いに満ちた他人がいた。いかにもクローネンバーグ好みの展開だね。

ヴィゴ・モーテンセンが、よき夫の現在とマフィアだった過去を、ジキルとハイドのようにではなく、まったく同じトーンで演じているのが凄みがきいている。モーテンセンは、過去が露わになったことを悩んだり、妻に許しを乞うようなことをせず、むしろ怯える妻を犯すようにセックスし、過去に決着をつけるため躊躇せずマフィアのボスである兄、ウィリアム・ハートを殺しにゆく。暴力が小世界を支配しはじめる。

ラストシーン。兄を殺したモーテンセンが、わが家に帰ってくる。ドアを開けると、妻と息子と娘が食卓についている。ロックウェルの絵そのままのような、アメリカの良き家庭を指し示す画面。彼らは血の匂いをさせた夫(父)を受け入れることができるのか? 映画は、ノーマン・ロックウェルがジム・トンプスンに出会うこの一瞬のためにここまで物語られてきたかのようだ。

クローネンバーグは『ザ・フライ』にしろ『戦慄の絆』にしろ、あるいは『クラッシュ』にしろ、人間の異常さを過剰に感じさせる映画をつくってきた。でも『ヒストリー・オブ・バイオレンス』ではそんな過剰さを抑えて、端正とも言える語り口。それはそれで十分に楽しめるけど、クローネンバーグらしい過剰さを期待した僕のようなファンには、物足りなさも少し残った。

(後記:この最後の段落について、その後、僕のなかで評価がずいぶん変わった。過剰な異常さを抑えた一見静かな語り口の怖さがじわじわとこちらの身体に入ってきて、クローネンバーグのベスト作品の1本と考えるようになった。)

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