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January 31, 2006

『僕のニューヨークライフ』とビリー・ホリディ

『僕のニューヨークライフ』と次作『メリンダとメリンダ』を最後に、ウッディ・アレンは映画づくりの本拠をニューヨークからロンドンに移すそうだ。そんなニュースを聞いて、ニューヨーク(と周辺)を舞台にした作品をほぼ毎年1作、30年のあいだコンスタントに発表してきたウッディ・アレンの映画は「寅さん」だったんだな、と思った。

「寅さん」がロケ地とマドンナを変化させながら常に同じスタイル(人情喜劇)で同じテーマ(寅の不器用な恋)を変奏してきたように、ウッディ・アレンの映画も舞台をニューヨークに固定して、ウッディのスタイルとしか言いようがないやりかたで同じテーマを変奏してきた。それをあえて言葉にすれば、「引き裂かれたもの同士の葛藤」とでも言ったらいいか。

愛とセックス。機関銃みたいなジョークと、それを生み出す神経症的な自分。最先端の都市風俗と懐古的ノスタルジー。ウッディ・アレンは、そういったものが一体となって充足した宇宙をつくる幸せな映画を夢見ながら、そうはならずに引き裂かれ、手と足が意思に反してばらばらに動いているような映画をつくってきたように思う。そのちぐはくさがまた魅力でもあった(ウッディが脚本を書き、ジョージ・ロイ・ヒルが監督した『ボギー! 俺も男だ』のハリウッド的完成度と、ウッディの監督作品との落差)。

僕がウッディ・アレンをよく見たのは、1970年代から80年代にかけて。

『ボギー! 俺も男だ』(脚本・主演)から『アニーホール』を経て『マンハッタン』にいたる70年代の「ダイアン・キートン」時代。『ボギー!』は恋愛コメディの、『アニーホール』や『マンハッタン』は青春(中年?)映画の傑作だったよね。

ダイアン・キートンからミア・ファーロウに乗りかえてからの、『カイロの紫のバラ』『ハンナとその姉妹』『ラジオデイズ』といった80年代の「ミア・ファーロウ時代」。この時代のウッディの映画は時にあまりにノスタルジックで、時にあまりにシリアスで、ちょっとかなわんなあと思った記憶がある(『僕のニューヨークライフ』でも、ちょっと真面目なユダヤ・ネタがある)。

しばらく離れていたウッディの映画にまた行くようになったのは、ここ4、5年。かつてのような傑作にめぐりあえるとは思わないけど、ちゃんと楽しませてくれることは保証つき。しかも歳のせいか(ウッディも、こちらも)、シニカルな笑いよりハート・ウォーミングな笑いが勝つようになってきた。その意味でも「寅さん」映画だった。

ウッディ・アレンの映画にジャズはつきものだけど、それは必ずモダン・ジャズ以前の音楽で、チャーリー・パーカー以後のビバップやハードバップが流れることはない(見ている限り)。それがウッディの映画にノスタルジックな空気をかもしだす。『僕のニューヨークライフ』では、最初から最後までビリー・ホリディの歌が流れている。ビリーの歌に絡みあうようにセクシーな伴奏をつけたことのあるレスター・ヤングのテナーサックスも流れる(ダイアナ・クラールのライブもちらりと)。

ところで、日本人のビリー・ホリディの聴き方はひょっとして誤解の上になりたっているんじゃないかと、ずっと思ってきた(僕が誤解しただけのことかもしれないが)。

僕らの世代は、彼女が生きていた時代を知らない。僕らがビリーを聴きはじめたのが60年代ということもあったかもしれない、そのころビリー・ホリディの名前とともに引き合いに出される歌は決まって「ストレンジ・フルーツ(奇妙な果実)」だった。リンチにあって「奇妙な果実」のように木に吊された黒人を歌った、悲しくも陰惨な歌。

その名唱(コモドア盤)の印象があまりに強烈だったからだろうか、ビリー・ホリディの歌は暗くて重い、という刷り込みが頭のなかにできてしまった。それ以来、彼女のどんな歌を聴いても暗いなあと思ってしまう。

確かに晩年の歌はかつての艶を失ったしゃがれ声だし、彼女自身も悲惨な境遇にあったけれど、全盛期のビリー・ホリディは全米ナンバーワンの人気者だったのだ。そんな暗いだけの歌手であるはずがない。その「誤解」が、この映画で解けた。

『僕のニューヨークライフ』に流れるビリー・ホリディの歌は、映画のなかで何度も出てくるセントラル・パークの木々を透して射し込む木漏れ日のように温かで、幸福感に満ちている。あるいはブルックリンあたりだろうか、褐色砂岩のアパートが立ち並ぶ街路の秋めいて落ち着いた色彩のように、ゆったりしている。ああ、ビリー・ホリディの歌はこういうものなんだな、と初めて実感した。それはこの映画そのものが幸福感にあふれているからだろう。

クリスティーナ・リッチ演ずるキュートで我が儘な女の子に振り回されるジェイソン・ビックスも、ジェイソンの兄貴分になるウッディ・アレンも、かつての登場人物がもっていた神経症的な雰囲気はない(相変わらず精神分析医に通って、文句ばかり言ってるけど)。かつて「ボギー」に女の子の口説き方をコーチされてたウッディが、この映画ではジェイソンの教師役に回っているんだから、30年がんばったニューヨークの「寅さん」も退けどきなんだろう。

ロンドンに移ったウッディがどんな映画をつくるか、それはそれで楽しみ。老いたとはいえ、そんな期待をもたせる監督だね。


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Comments

こんにちは!TBありがとうございました!
こちらからもお返ししようと思ったのですがうまく行きませんでした。どうもgooとniftyって相性がよくないような気がします・・・。

僕は世代的に『アニー・ホール』も『マンハッタン』も後追いです。
そういうわけで過去の名作群はヴィデオで観ているわけですが、どうも映画館で観る最近の作品のほうがよく思えるときがあります。
例えば『アニー・ホール』よりも本作のほうがよく思えたり。筋金入りのファンに「君は本当のアレンの良さがわかっとらん!」と怒られてしまいそうですが(笑)。

Posted by: Ken | February 02, 2006 at 09:37 PM

僕が『アニーホール』や『マンハッタン』に思い入れが深いのは、こちらもまだ20代後半から30になるかならずで、若いときに見た映画は深く心に染み入ってくるからでしょう。ハリウッドの外で映画をつくるウッディ・アレンのニューヨーク感覚もまだ新鮮だったし。いま見直したら、kenさんと同じような感想になるのかも。

Posted by: | February 04, 2006 at 01:19 PM

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