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January 26, 2006

『サマリア』の風景に抱きしめられて

遅ればせながら『サマリア』(DVD)を見た。なんという画面の艶やかさ。ことに手持ちカメラで撮られたソウルの町や晩秋の山々や川面の色彩の見事さったらない。

援交女子高生を演ずるソ・ミンジョンとクァク・チミンがラブホテル前の石段に座ってアイスクリームを頬ばりながら男を待っている。石段には緑の光が当てられている。石段の向こう、ラブホテルの車の出入口には赤や灰色、紫のびろびろの布が垂れ下がっている。ソウルのラブホテル街の原色が、目に突き刺さるのではなく、何と言ったらいいか、けばけばしいまま背後の建物に沈みこむような奇妙な美しさを感じさせる。

高校の制服を着たミンジョンとチミンが晩秋の公園を散歩している。紅葉と竹の緑との鮮やかな対照。園内の立木には管理のためだろうか、緑色の丸い印がつけられていて、その不思議な色と形が2人の会話を非日常的な雰囲気にしている。

チミンの父親の警察官(イ・オル)が、援交する娘(といっても、死んだミンジョンがセックスした男たちを呼び出して金を返す「逆援交」なのだが)を車でつけている。娘を待つ間、フロントグラスに落ち葉が降りかかる。時間の経過を表わす教科書みたいな描写だけど、それ以上にソウルという都市の美しさを感じさせる。

ラスト近く、父親のイ・オルは娘のチミンを墓参りの旅に誘う。山に囲まれた斜面での墓参りをすませ、山村の空家で一晩をあかした2人は川のほとりに出る。父は川の流れのなかに車を乗りいれ、眠っている娘をおいて車の外に出てしまう。少し淀んだ緑の水面に取り残された車を俯瞰するショットが素晴らしい。

父は援交している娘を絞め殺す白昼夢を見る。が、売春している娘に一言も言わない父は、目覚めた娘に車を自分で運転してごらんと、ひとりで生きていく道を暗示する。川沿いの道をチミンが右に左によろよろと車を運転し、ぬかるみにはまって立ち往生するのを空中からとらえたラストシーンには息を飲む。

それらの映像がただ美しいというだけでなく、映画の根底にかかわっていると感じられるのが『サマリア』のすごいところだと思う。

映画は「バスミルダ」「サマリア」「ソナタ」のタイトルによって3つのパートに分かれている。それぞれミンジョンとチミンと父親イ・オルの視点が中心になるのだけど、3人の内面や心理にはほとんど立ち入らない。

パリへ行くチケット代を貯めるために援交していると一応は説明されるけれど、それ以上のことは分からない。警察の手入れがあり、警官やチミンの制止を振り切って、なぜミンジョンがラブホテルの窓から飛び降りたのかも説明されない。ミンジョンが死んだ後、チミンがどういう気持ちで「逆援交」を始めるのかも語られない。

カメラは2人の内面にはまったく興味を示さず、ただソウルの風景のなかで彼女らの行動を追っている。娘に何も言わずただ後を追う父親に対しても、カメラは同じように振る舞っている。むろん彼らの行いの善悪も問わない。

そこから、彼らが何かに「見つめられている」という感覚が生まれてくる。ラブホテル街という都市の影の部分の風景、それと対照的な美しい山河の風景に、ミンジョンもチミンも父親のイ・オルも「抱かれている」という感情を見るものに起こさせる。ミンジョンもチミンもイ・オルも、自分が主体としてその行為を選んでいるのではなく、何ものかに選ばされていると言ったらいいか。

彼らが「見つめられている」という感覚は、映画に宗教的な要素が散りばめられていることによっても補強されている。

ミンジョンは自分を「バスミルダ」(客を仏教徒にしてしまうインドの娼婦)と呼ぶ。2人はミッション・スクールに通っているらしいが、チミンが中心になるパートは「サマリア」(ユダヤ教にとって異教の地)と名付けられている。ミンジョンが聖少女の微笑をたたえて死んでいくのも、父親のイ・オルが娘と寝た男の車に石礫を投げるのも、宗教の行為を感じさせる。

だからといって、神に「見つめられ」、神に「抱きしめられている」と言ってしまっては、それもまた違うように思う。画面が示しているとおり、ミンジョンもチミンも父親のイ・オルも風景に「見つめられ」、風景に「抱きしめられ」、そのことによって彼らの行いのすべてが肯定されているように感じた。

自分でも何を言っているのかよく分からなくなってしまったけど、援助交際という今日的なテーマを素材にしながら、ギリシャ悲劇か近松でも見ているような不思議な魅力をもった映画。キム・ギドク監督ははじめてだったけど、ほかの作品も見てみよう。

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Comments

こんにちは、TBありがとうございました。
『サマリア』が初めてご覧になったキム・ギドク作品なのですね。
この作品か、『春夏秋冬そして春』がギドク初体験の方が多いようです。
こちらの記事を拝見して、映像の色遣いも、見どころがあることに気づきました。
さすが、キム・ギドクは画家を志していただけのことはあります。

ほかの作品をご覧になるなら、『サマリア』の次は『春夏秋冬そして春』を
おすすめしておきます。その次はアクのどぎつい作品、
『悪い男』か『受取人不明』になるでしょうか。
私は『サマリア』が一番好きなギドク作品なのですが、『受取人不明』が
最高傑作だと思っています。

Posted by: 丞相 | January 27, 2006 at 09:44 AM

キム・ギドク監督、気にはなっていたのですが、今まで見そこねていました。画家志望だったのですか。それでこの映画の映像感覚、色使いが分かったような気がします。他の作品も、さっそく探してみます。ありがとうございました。

Posted by: | January 28, 2006 at 01:12 PM

TBありがとう。
どちらかというと、ギドクは、映画の世界から出てきた人ではありませんから、北野たけしとの共通性をとりあげられたりも、するのでしょう。


Posted by: kimion20002000 | January 28, 2006 at 06:50 PM

へえー、北野武と比べられたりするのですか。確かにいきなりの暴力性とか、激しい抒情とか、教科書通りではないつなぎの意外さは共通してるかもしれませんね。

Posted by: | January 29, 2006 at 01:07 PM

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