「愛より強い旅」のトランス
「愛より強い旅」はトニー・ガトリフ監督が97年につくった「ガッジョ・ディーロ」と似た構造をもつロード・ムーヴィーで、「ガッジョ」がそうだったように、この映画もまた、その映像と音がひたすら官能に奉仕している。音はまず音楽であり、さらに人の声であり、自然のざわめきでり、街の音でもある。
冒頭は男の背中、というより皮膚のアップ。カメラが引くと、男は窓から外をながめていて、環状道路とコンクリートの団地というパリ市街地周縁の映像。殺伐とした風景に、耳を刺すようなテクノ・ミュージック(っていうのかな? ガトリフの自作らしい)がかぶさっている。
男(ロマン・デュリス)はアルジェリア出身でロマの血を引く移民2世。パリ郊外に住む移民といえば、堀江敏幸の『郊外へ』その他に点描されたアラブ・アフリカ系の登場人物を思い出してもいいし、最近、移民2世の若者によって引き起こされた暴動を思い起こせば、2人が置かれている環境がよりリアルに感じられる。
ロマンはすっぽんぽんで、ベッドにはやはりアルジェリア移民の全裸の女(ルブナ・アザバル)。男がいきなり「アルジェリアへ行こう」とルブナに告げて、2人のアイデンティティーを求める旅が始まる。
フランスからスペインへ。セビリア、アルメリア、さらに地中海を越えてモロッコからアルジェリアへ。2人が移動する先々で異なった音楽が聞こえてくる。2人の身体はさまざまな音楽にさらされ、皮膚の細胞が開き、五感が解放されてゆく。
セビリアではフラメンコ。ルブナに裏切られたロマンが夜明けの広場で酒瓶を蹴飛ばすからんからんという音も音楽以上に美しい。
アンダルシアの港町アルメリア。不法労働者として働くアルジェリア人が住む廃工場のスラムからは、アルジェリア・ポップスのライが聞こえてくる。金を稼ぐためにプラム農園で働く2人が、赤く熟したプラムを枝や葉ごとむしゃむしゃやりながらキスするシーンにうっとり。赤土の並木道に野宿して、蚊の目になったカメラに向かってルブナが太股をむきだし、「ほら、刺してごらん」と挑発するシーンも素敵だ。
地中海を越えたモロッコでも、ライや民族音楽が流れる。ガスバ(葦笛)やベンディール(大型タンバリン)を使ったリズムとメロディーは、日本でCDを聞いているとアフリカ系ワールド・ミュージックのひとつとして抽象的に聞こえてしまうけど、モロッコの赤茶けた風景とともに流されると生々しい。
アルジェリアではスーフィズムの儀式。アフリカン・ドラムの単調なリズムと、巫女である女の歌に、ロマンとルブナはトランス状態に入ってゆく。
ロマンとルブナはここではじめて、異国の都市で抑圧されて育ったトラウマを解き放つ……と言ってしまえば、ロード・ムーヴィーのお約束。そんなふうにちょっと引いてながめてしまったのは、トランス状態に入った2人を追う画面がここではどこまでもドキュメンタリーぽくて、映像そのものが恍惚や官能を湛えてはいないような気がしたから。
トランス状態を説明するんじゃなく、トランスの恍惚そのものを伝えるのは、かのガトリフ監督とはいえ難しいものなんでしょう。もっとも官能は常により大きな刺激をほしがるから、頭からずっと官能を求めてきたこの映画のラストでは、見るほうも麻痺してて、ガトリフ監督に「もっと、もっと」と無理なことを求めてたのかも。
「愛より強い旅」はだから、ストーリーやテーマをどうこう言うより、その途中のひとつひとつの官能描写に酔えばいいんだね。原題の「EXILS」は「放浪者たち」。簡潔な響きの、いいタイトルです。
Comments
TB有難う御座いました。
こちらからは出来ないようですので、コメントのみで失礼します。
>ストーリーやテーマをどうこう言うより、その途中のひとつひとつの官能描写に酔えばいい
その通りだと思います。
最後の憑き物の取れたようなナイマの可愛らしい笑顔が印象的でしたね。
Posted by: マダムS | January 05, 2006 11:47 PM
>マダムSさま
コメントありがとうございます。
マダムのエントリはロマン君で盛り上がっているようですね。私は「ガッジョ・ディーロ」とこれのむさ苦しい彼しか見てないんですが、いい男なんでしょうね。
Posted by: 雄 | January 07, 2006 12:34 PM
TB元のエントリを一個間違えてしまいました。
すみません、前者の方を削除お願いします。
オープニングで鳴っていた音はテクノよりむしろアブストラクトミュージックじゃないかな、とウチの相方は申しておりました。
アブストラクトもテクノの一部でしょうから間違いはないと思うのですが、レンタルが出たらまた聴いてみたいと思います。
Posted by: kiku | January 10, 2006 11:41 PM
ご教示ありがとうございます。といって、私にはテクノとアブストラクトの区別がつきません。娘が聴いているのを解説してもらっても、ちっとも分からないのであきらめました。
話は変わりますが、元旦の夜、浦和駅近くのレッズの店周辺はまっ赤っかでした。
Posted by: 雄 | January 11, 2006 06:41 PM
うらやましすぎます<まっかっか
Posted by: kiku | January 12, 2006 12:20 AM