『暗く聖なる夜』の敵役
9.11以後のアメリカで、といっても現実の世界じゃなくハードボイルドや刑事もの小説の話だけど、新しい敵役が生まれている。
マイケル・コナリー『暗く聖なる夜』(講談社文庫)にはREACTなる組織が登場する。「緊急強制執行およびテロ対策部隊」の頭文字で、NSA(国家安全保障局)、CIA、FBIなどからなる連邦政府直属機関。なにしろテロの容疑者、関係者とみれば法なんか無視して引っくくり、時には「行方不明」にしてしまう。
この小説の主人公、元ロス市警刑事で私立探偵のハリー・ボッシュもREACTの取調室に連れ込まれ、「おまえも行方不明になりたいか」と脅される。これ、もちろん今アメリカで起こっていることの誇張された反映だけど、主人公のような民間人だけでなく、REACTはロス市警やFBIの現場捜査官の前にも立ちふさがって物語が進んでいく。なにしろ超法規的存在という意味ではテロリストやマフィアと同じだから、敵役としての存在感は十分。
そんな時代状況をスパイスとして散りばめながら、本筋は正統派のハードボイルド。市警を退職したボッシュが未解決のまま心に引っかかっている殺人事件の再調査をはじめると、映画ロケ現場での200万ドル強奪事件に結びつき、さらに別の殺人も絡んでくる。銃撃されて負傷し全身不随の元同僚の警官、FBIの捜査官からラスベガスのギャンブラーに転身した元妻……、主人公は否応なく複雑な糸がからみあった過去に引きずりこまれてゆく。
原題(「LOST LIGHT」)の通り、全編を被っている闇の感覚。
「ハリウッドはいつの場合も、夜の光景がもっともうつくしい。近寄りがたい神秘性を保てるのは暗闇のなかでだけなのだ。陽が照って、カーテンがあがると、そのヴェールが消えてしまい、危険が潜んでいる感覚に置き換えられる。そこは奪う者と使う者の場所、壊れた歩道と壊れた夢の場所だった……マルホランド・ドライブの出口をおり、フリーウェイを横断すると」
外の闇と内の闇がないまぜになったような文章がいい。ボッシュはベトナム戦争で地下トンネルを破壊する工作兵だった過去をもっているから、闇は恐怖であるとと同時にそこに帰りたい場所でもある。70年代から80年代にかけて全盛をほこったネオ・ハードボイルドの生き残りのような主人公の造形。
ボッシュ・シリーズを読むのは『ナイト・ホークス』(扶桑社ミステリー、1992)以来久しぶりだけど、ストーリー・テリングのうまさは相変わらず。プロットを変に複雑にせず、一気に最後まで読ませる快調なテンポ。ラストにどんでん返しあり、銃撃戦あり、男と女の場面ありの盛りだくさんで、ボッシュをとりまく元同僚やFBI捜査官や元妻との裏切りや友情、愛情も型通りだけど泣かせる。
去年の「このミス」第2位。上下巻2冊、正月休みをたっぷり楽しんだ。

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