「ある子供」のリアリズム
「ある子供」を見ていて、ネオ・リアリスムなんて古い言葉を思い出した。
第二次大戦後のイタリアで、混乱した社会に生きる人間たちをリアルに描いた映画群。といっても同時代に見ているわけでなく(それほどのジジイじゃありません)、ずいぶん後に「自転車泥棒」などの代表作を名画座で見た程度。
ヨーロッパの映画には、その鋭い社会性や、ドキュメンタリー・タッチといったネオ・リアリスムの精神が脈々と受け継がれている。60年代イギリスのアングリー・ヤングメンの映画、最近ではケン・ローチなんかがその代表だろうけど、この映画もまぎれもなくその1本だと感じた。
舞台はベルギーの都市(町の名前は明らかにされない)。車通りの激しい道路の歩道を、少女の面影を残した若い女が、あるいは若い男が乳母車を押しながら歩くショットが何度も繰り返される。
町はずれの道は一方が河原、反対側が工場地帯に面している。人気のない殺伐とした雰囲気のなか、激しい騒音(意識的に増幅されている)とともに走り抜ける車の向こうに、その場にそぐわない乳母車を引く女(男)のイメージ。繰り返されるこの映像が映画のキーになる。
ちんぴらの男(ジェレミー・レニエ)と少女のような女(デボラ・フランソワ)は恋人同士。男は河原の小屋をねぐらに、少年を使ってケチな盗みを働いてその日暮らしをしている。2人には子供ができたけれど、男には親になった自覚などかけらもない。
カメラは、赤ん坊を抱えて病院を出たばかりの女と男が小さないさかいをしたり、簡易宿泊所に泊まったりするのをアップを多用して見つめてゆく。2人を至近距離で捉える映像も、少ないせりふも、彼らがどんなふうに生きてきて、どんなふうに結びついたのか、男の母親がちらっと出てくる以外は過去をほとんど説明しない。社会的背景も説明しない。
カメラは2人にぴったり寄り添っているけれど、彼らの喜びや悲しみに同化するというより、すぐ近くでじっと見つめる第三者の視点を感じさせる。2人が公園の緑のなかで子供のように戯れる印象的なシーンでも、カメラは2人とともに動きまわるようなことをせず、距離を置いてじっとながめている。
そういえば、彼(彼女)が乳母車を押すキー・イメージでも、反対側の歩道から車越しに距離をおいて撮影されていた。他のシーンでは彼らに密着したアップの映像が多いのに、そして手持ちカメラの揺らぐ映像で彼らに寄り添っているのに、どこか冷静な観察者がながめているように感じられるのは、随所に挿入されるそんな距離の取り方によるのだろう。
それがドキュメンタリー出身である監督のダルデンヌ兄弟のやり方であり、その端正で古典的な感触がネオ・リアリスムなんて映画史のなかの言葉を思い出させたんだと思う。
男は金のために赤ん坊を売ってしまう。動揺した女の愛をつなぎとめるために、男は赤ん坊を取り戻そうとして悪党に痛めつけられ、さらに盗みを繰り返す。
ラスト近く、カメラは男が今度は乳母車ではなく壊れたバイクを牽きながら道路や町なかを歩くのを長々と見つめている。男は何をしようとしているのか? そんな、先の読めないサスペンス映画の手法を取っていることも、この映画に並の社会派映画とは違う感触を与えている。それがラスト・シーンが生み出す感情を増幅させる。
いい映画だなあ、と思う。ただその映像が「さまよっている子供」を見つめる「揺らぎのない大人」の自信に満ちた視線を感じさせることもまた、この映画に古典的な印象を与えているんじゃないかな。
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ある子供 2005/ベルギー ★★★★★
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出演 ジェレミー・レニエ / デボラ・フランソワ
■あらすじ■
まだ若い二人・ブリュノとソニア(ジェレミー・レニエ、デボラ・フランソワ)の間に子供が生まれる。父親という意識のないブリュノは、金を手に入れようと、ふと子供を売ってしまう。
■総評■
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徹底したそのリアリズムに引き込まれて。
緊迫感とやるせなさの後に訪れる温かさは格別。
出産した赤ん坊ジミーを連れて、ソニアはブリュノと住むアパートに戻ったが・・。物語は突如始まり、説明的な場面や台詞がないまま時間軸に沿って展開していく。そして、私たちはとにかく主人公の置かれた状況を知りたくて神経を集中し、スクリーンを凝視してしまうのだ。音楽もなく、まるでドキュメンタリーを見ているようなハンディカメラでの臨場感あふれる映像。『ロゼッタ』や『息子のまなざし』と変わらない演出方法なんだけど、これま... [Read More]
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そういった意味では、子供が子供のままで自ら子供を抱えてしまうという映画だ。
手持ちキャメラ、音楽の排除、街から聴こえる音、時として長いワンカット、まるでドキュメンタリー�... [Read More]
Tracked on April 24, 2006 12:51 AM
Comments
雄さん、あけましておめでとうございます。
『ある子供』のラストシーンの抒情性は、これまでのダルデンヌ兄弟作品に比べ、一歩踏み込んだ感がありました。だからこそ、彼らが撮る映画は、そのスタイルに反して徹底的にフィクションなんだということを再認識しました。
主人公が2人の“子供”だったからか、カメラの距離は旧作のそれに比べ、より客観的でしたね。
私も近く本作のレビューを書こうと思います。
それでは、本年も宜しくお願い申し上げます。
Posted by: [M] | January 05, 2006 06:17 PM
>[M]さま
あけましておめでとうございます。こちらこそ、今年もよろしくお願いします。
ダルデンヌ兄弟の映画ははじめてだったので、とんでもない誤読をしてるんじゃないかと心配です。
レビューを楽しみにしています。
Posted by: 雄 | January 05, 2006 08:10 PM