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November 23, 2005

『親切なクムジャさん』のカメラ目線

映画の冒頭、刑務所から出所したクムジャさんのイ・ヨンエが牧師一行から出迎えを受ける場面で、イ・ヨンエがいきなりカメラを2度、見据える。見ている側は、おいおいいったいこの映画は何なのとうろたえてしまう。

ドキュメンタリーは別として、ふつうフィクションの映画で俳優がカメラを見つめることはしない。それは撮る側と見る側の約束事みたいなものだ。例外は、たとえばハードボイルドでカメラが探偵の目になったときのように、カメラが一人称として使われるとき。もうひとつは、つくり手が「俳優はカメラ目線にならない」という約束ごとを意図的にこわし、架空のつくりごととして安心してスクリーンを見ている観客の、ドラマとの安穏な関係性を揺さぶろうとするとき。

後者の例に初めて出会ったのは黒澤明の『素晴らしき日曜日』(1947)だった。貧しい恋人たちが無人の日比谷野外音楽堂でデートしている。挫折しそうな音楽家志望の男を励まして、恋人の女性がいきなりカメラを見て、観客に向かって「皆さん、拍手してください」と訴える。敗戦から2年後の公開時には、満員の映画館は大きな拍手に包まれたのではないだろうか。僕が見たのはそれから20年後、八重洲のフィルム・ライブラリーで、そのとき拍手は起こらず、拍手しない(できない)自分に尻がむずがゆくなるような居心地の悪さを感じた。

『親切なクムジャさん』のラスト近く、イ・ヨンエはもう一度、カメラを長い時間、無言で見つめる。このとき、見る側はイ・ヨンエがどんな人生をたどり、どんな行動を起こし、今どんな感情を抱えているのかが分かっている。だから彼女が「拍手してください」とは言わず無言のままでも、見る側は彼女がスクリーンを跳び超えて観客に直に何を訴えたいのかを理解する。このラスト近いイ・ヨンエのカメラ目線は、『素晴らしき日曜日』のカメラ目線と同じ構造だろう。

ところが冒頭のイ・ヨンエの2度のカメラ目線は、それとは違うように感じた。観客はまだイ・ヨンエがどんな人物で、なぜ刑務所に入っていたのかを知らされていない。その人物について何の情報もないまま、観客はいきなり主役のクムジャさんからひたと見据えられる。だからカメラを見つめるイ・ヨンエのクムジャさんは、観客に向けて何のメッセージも発していない。ただ、見る側はいきなり暗黙の約束事を破られ、スクリーンの向こう側と観客との安全な関係性を壊されたことにうろたえる。

映画が進むにつれて、あ、これがパク・チャヌク監督のやり方なんだな、と気がついた。

パク・チャヌク監督は、観客の感情を揺さぶり、映画に引き込むためにあらゆるものを動員する。極限的な設定、耽美的であったり様式的であったりする映像、いつも高鳴っている音楽。おびただしい血(そしてアイシャドーや壁の赤)の描写。観客の神経を逆撫でする残酷描写。冒頭のカメラ目線もそういう感情動員の手口のひとつとして、映画の常識的なコードとは関係なく、ともかく観客の感情を揺さぶるためだけに採用されたショットなのだろう。

考えてみれば、そんな姿勢は『オールド・ボーイ』でも一貫していた。ただ、揺さぶられスクリーンの向こう側に動員された感情が、『オールド・ボーイ』では最後に見事に結晶した(好き嫌いはともかく)のに対して、同じ復讐のテーマをもつ『親切なクムジャさん』ではそれが結晶せず、途中ではぐらかされてしまったようにも僕は感じた。

クムジャさんの復讐というより、クムジャさんは途中から登場してくる複数の人間の復讐の念をあおり、その怒りを代行する「仕事引受人」みたいに見えてしまった。だからおびただしい「赤」の果てにおとずれる最後の「白」のシーンには、いまいち乗れないまま。

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Comments

こんばんわ コメントが遅れました(⌒_⌒;
なるほど”カメラ目線”ですっかりうろたえてしまいますよね。パク監督の非凡なアプローチに感心しますが、上手く言葉に出来ませんでした。 雄さんの文章力ですっかり代弁して頂いたようですっきり! ありがとう御座いました♪

Posted by: マダムS | November 26, 2005 at 10:44 PM

>マダムSさま

僕はイ・ヨンエは『JSA』しか見ていないのですが、この映画は彼女の過去のイメージを前提にしてつくられているみたいですね。

ラストの「天使のようなドレス」は、たしかにSさんのおっしゃるとおりなのかも。

Posted by: | November 28, 2005 at 01:40 PM

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