嶋津健一のバラード
レコーディングに立ち会った(6月6日のエントリ参照)ピアニスト嶋津健一のCD『All Kinds of Ballads』(Rovinfg Spirits)が発売された。
当日、ピアノトリオで演奏された17曲からセレクトされると聞いていたけど、捨てるのは惜しいというプロデューサーの判断で2枚のアルバムに分けられ、全曲が生かされるらしい。ほとんどの曲が1stテイクで、しかもどれも素晴らしい出来だったのを知っている身としては嬉しい。その1枚がバラードばかりを集めたこのアルバム。もう1枚はアップテンポの曲を集めて来年、発売されるという。
1曲目の「モア・ザン・ユウ・ノウ」から、嶋津の美しくエモーショナルな音の世界に引き込まれてしまう。ジャズ・バラードばかりでなくブルースやボサノバ、ロック・バラードなど色んなバラエティーを交えて、9曲目の「ザ・グッド・ライフ」まで聞き惚れた。
嶋津健一の音のいちばんの特徴を一言でいえば、「歌心にあふれている」ことに尽きる。美しいメロディライン、エモーションがこぼれて落ちるようなアドリブ。その果ての突き抜けるような爆発の快感。そんな瞬間を体感させてくれるジャズは、そんなに多くない。
嶋津健一に「アドリブって何ですか」と聞いたことがある。「アドリブは鼻歌みたいなものです」というのが彼の答えだった。「元歌を頭の中で鳴らしながら、元歌から触発された鼻歌を指先で弾くのがアドリブです」というのだった。言葉にすれば簡単だけど、実行するのは至難の技。初心者(僕のことです)に向けた簡単なアドバイスだったけど、嶋津のあふれる歌心の秘密をのぞいたような気がした。
このアルバムは「ハーマン・フォスターに捧ぐ」とタイトルされている。ハーマン・フォスターは、嶋津がアメリカで「教わったことはないが、『追っかけ』のように聴いて、いちばん深く学んだピアニスト」。彼の音は、嶋津の表現を借りれば「女性を愛撫するようなエッチなピアノ」だそうだ。僕のコレクションでは、ルー・ドナルドソン『ブルース・ウォーク』のピアノをハーマン・フォスターが弾いている。
『All Kinds of Ballads』は、ハーマンとの付きあいからたくさんのものをもらったという嶋津の言葉が何を意味しているのかが、聴いていてまざまざと分かるアルバムだった。
太くて深い音を出す加藤真一のベース、岡田啓太の「メロディアスなドラム」。嶋津の音楽をよく知る2人が、嶋津とトリオで見事な対話を繰り広げている。
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