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October 13, 2005

『亀も空を飛ぶ』の子どもの顔

劇映画はフィクションだけれども、ある時代、ある場所のドキュメントでもありうる。

全編セットで撮られた映画でない限り、ロケーションで撮影された風景や街や人は主題となるフィクションに奉仕しているとともに、時にはつくり手の意図をはみだして自らを主張し、それが逆に作品を豊かにもする(先日、テレビでサミュエル・フラー『東京暗黒街 竹の家』を見たけど、「フジヤマ・芸者」のハリウッド的誤解に埋もれて1950年代東京の「戦後」の空気が見事に捉えられていた)。

同じように、フィクションを演ずる役者も脚本や演出に従いながらも、まぎれもなくある時代、ある場所に存在する身体であることによって、フィルムに刻まれたその姿はドキュメントとしての性格を持つことになる。

そんなことを考えたのも、『亀も空を飛ぶ』で、五十数年生きてきたこの国で久しく出会ったことのない、いくつもの顔に出会ったからだ。

『亀も空を飛ぶ』はクルド映画と言えばいいだろうか。国籍でいえばイラン=イラク合作映画。監督はイランのクルド人、バフマン・ゴバディ。俳優はイラクのクルド人。ロケはトルコと国境を接するイラクのクルド人村で2003年、イラク戦争が「終結」した後に行われた。

イラクの少数民族クルド人はフセイン政権下で苛烈な弾圧を受けた。フセイン政権が毒ガス兵器で数千人のクルド人を虐殺したことは「クルドのヒロシマ・ナガサキ」と呼ばれ、大量破壊兵器保有を名目としたイラク戦争の伏線ともなった。

映画は、アメリカによるイラク侵攻が近づく国境の村が舞台となっている。フセイン政府軍の弾圧に追われて難民となり、村へ逃れてきた少年と少女が主人公。

少年は初歩的な英語を解し、パラボラ・アンテナ設置の技術やバザール商人との駆け引きの知恵もあることから子どもたちのリーダーになり、大人たちも一目置く存在となっている。少女には悲しい出来事によってできた赤ん坊があり、両腕のない兄とともに子どもの面倒を見ている。

他にも、リーダーの少年につき従う、地雷で片脚を失った少年、泣き虫の少年など、何人もの子どもたちが登場する。近づく戦争に不安と解放への期待を募らせながら、リーダーの少年を中心に、地雷を掘り起こし武器商人に売っては収入を得て暮らしゆく日々が描かれる。リーダーの少年は少女に淡い恋心を抱き親切にするのだが、心に傷を負った少女は彼を見向きもしない。

バフマン・ゴバディ監督はいつも、自分もその一員であるクルド民族にテーマを求め、俳優ではないふつうのクルド人を使い、クルドの地で撮影をするというセミ・ドキュメンタリー的な手法を取ってきた。これは彼が助監督としてついたことのあるアッバス・キアロスタミ監督のやり方でもある。

それが見事な果実となったのが『酔っぱらった馬の時間』で、両親を失ったクルド人兄妹が馬に密輸品を積み国境の山越えをして暮らす厳しい生活を、いっさい声を荒らげることなく描いてみせた映画だった。僕は最近10年で見た映画のベスト5を挙げろと言われれば、その1本にこれを入れる。イラン・イラク国境の雪に閉ざされたクルドの山村風景と、兄妹を演ずるクルドの少年少女の寡黙な姿が印象に残っている。

『亀も空を飛ぶ』でもその手法は一貫している。斜面に沿って並ぶ家々と難民テント。丘の上に林立するテレビアンテナ。樹木の少ない、ごつごつした岩山。茶色の水を湛えた深い沼。国境の向こうのトルコ軍の監視塔。時に幻想的ですらあるそんないくつもの風景が、見終わっていつまでも記憶に残る。

それ以上に印象深いのは少年少女たちだ。眼鏡をかけたリーダーの少年の自信に満ちた饒舌と、少女を見つめるときの照れ、そして地雷にやられて、この時だけは少年に戻って泣き叫ぶ顔。少女の地獄を見たような無表情や、ふっと見せる成熟した女のような色気。妹が産んだ子どもを世話する兄の悲しげな瞳。右往左往する村の大人たちを尻目に生き生きと働く少年たちの喜びにあふれた顔。

日本では絶えて見たことのない少年や少女たちの表情が、この映画にはあふれている。それは、喜怒哀楽の感情を何の衒いもなく顔や体の全体で表現しているという意味と、過酷な状況に置かれたために、ある瞬間には完全に「大人」の顔になるという、二重の意味において、この国では見ることのない子どもたちの表情だ。

ゴバディ監督の作品はいつも社会的なテーマを扱っているけれど、いわゆる「社会派」のリアリズム映画ではない。誰が悪いと訴えるのでもなく、こうすべきだと高みからものを言うのでもなく、ただ世界の片隅にこういう出来事が起こり、こういう人間がいるということを黙って提出している。しかも映画がテーマに収斂されるのではなく、そこを突き抜けた風景や人間たちがドキュメントされているからこそ、見る者の胸を衝くのだと思う。


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Comments

>「社会派」のリアリズム映画ではない
なるほど。そうなんですよね。
子ども達のいきいきとした姿が一番心に残りました。
私は、『酔っぱらった~』は少し可哀想という思いに囚われすぎてしまったので、ファンタジーに中和された今作により魅了されました。

Posted by: かえる | October 14, 2005 at 01:12 AM

「亀も空を飛ぶ」私も夏に観ました。あまりにも内容が重く、しばらく言葉も出ず、試写アンケートも書けませんでした。自分のブログにも一度感想を書いたのですがしっくりせず削除してしまいました。
今回、雄さんの記事を読んで、ポンと膝を叩いてしまいました。
「誰が悪いと訴えるのでなく、ただ世界の片隅にこういう出来事が起こり…」、そう、そうなんです。

Posted by: juddymama | October 14, 2005 at 12:53 PM

>かえるさま

少女が「童話のお姫様のようで、悲劇がおとぎ話の色を帯び」、その通りですね。それがこの監督の力なのでしょう。

>juddymamaさま

私もこの映画をどう書いたらいいのか、ずいぶん悩みました。judymamaさんにはジャズばかりでなく、映画の感想も期待します。

Posted by: | October 15, 2005 at 07:33 PM

初めまして。TBをお送りさせていただきました。
おなじくらいの年代の方(?)、とレビューを拝見して思いました。すばらしいレビューですね。感服しました。
声高に語るのでなく、黙して提示している…その通りだと思います。

Posted by: あかん隊 | October 18, 2005 at 09:22 PM

>あかん隊さま

TB&コメントありがとうございます。

あかん隊さんのブログを拝見して、私よりは若い方と感じましたが、感受性が若いのかも。いずれにしても、似たような年代(?)の方がやっていらっしゃるのは心強いし励みにもなります。こちらからも訪問させていただきます。

Posted by: | October 19, 2005 at 10:20 PM

また、お邪魔します。TBをありがとうございました。
拙宅へおいで頂き、恐縮です。「若い」のではなく、「拙い」というか「年甲斐もない」という方が、適切かもしれません。お恥ずかしい限りです。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。

Posted by: あかん隊 | October 19, 2005 at 11:02 PM

TBありがとうございました。
すぐれたフィクションは、凡百のドキュメンタリーを凌ぐといった作品でした。
それにしてもここに提示された「現実」をどう捉えていけば良いのか、子供達の表情の素晴らしさも含めて、とても考えさせられています。

Posted by: nikidasu | November 23, 2005 at 01:01 AM

>nikidasuさま

子どもたちの顔を見ること、そして記憶しつづけることが、僕たちの最低限できることなのでしょうか。

Posted by: | November 24, 2005 at 05:29 PM

こんにちは、はじめまして
社会派の映画に「美しい」と思ってしまった私、
語り過ぎない映像に力を感じました。

TBさせてくださいね。

Posted by: mimia | November 30, 2005 at 12:40 PM

>mimiaさま

重い内容にもかかわらず、本当に「美しい」と形容したくなりますね。

mimiaさんのサイトのデザイン、素敵です。

Posted by: | December 01, 2005 at 09:52 AM

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