『世界』のインサート・ショット
ジャ・ジャンクー監督の『世界』を見ていて、印象に残る2つのインサート・ショットがあった。
ひとつは、彼方に高層ビルが立ち並ぶ北京の街を背景にパリのエッフェル塔が見えるロング・ショット。このありえない風景、 見方によってはグロテスクでもありキッチュでもある風景が、何度か挿入される。
主人公のチャオ・タオとチェン・タイシュンが働く「世界公園」は北京郊外にあり、エッフェル塔やマンハッタンの摩天楼やピラミッドといった世界の有名建築のミニチュアがあるテーマパークらしい。タオは「世界公園」の宝塚のような舞台で踊るダンサーで、タイシュンは公園の警備主任。2人の恋を中心に、彼らをとりまく若い男たち女たちが都会の日常を生きていくさまが映しだされる。
エッフェル塔のショットは、タオとタイシュンの気持ちが行き違ったり、故郷から出てきたタイシュンの親戚の警備員が盗みを働いて解雇されたり、「世界」のなかで起こる小さな出来事が彼らの感情を波立たせるごとにインサートされる。イミテーション建築と北京の街がひとつの画面に収められたキッチュに美しい風景が、タオやタイシュンのあてどなさや、かりそめの感情を引き受けているように見える。
もうひとつのショットは映画のほとんど最後に現れる。夜の北京の工場地帯。紫色の空にコンビナートが黒い影をつくっていて、高炉から吹き出る赤い焔が印象的だ。このショットの前のシーンで、喧嘩したタオとタイシュンは古びたアパートの一室で長い時間、無言で座っている。コンビナートのショットの後はもうラストシーン。ラストシーンで2人がどうなったのか、色んな解釈ができるけれど、このコンビナートのショットは、直前の2人の長い沈黙を引き受けているのだと感じられる。
2つのインサート・ショットから小津安二郎を思い出すのは、唐突な思いつきではない。なぜなら、この映画の1つのパートは「東京物語」とタイトルされ、小津にオマージュが捧げられているから。地方から北京に出てきた労働者が働いているビル建築現場のシーンで「東京物語」の音楽がそのまま流れ、熱海海岸の堤防に座った笠智衆・東山千栄子夫婦のシルエットそっくりの画面が現れる。「今年はまだ雪が降らないわね」と、小津みたいなセリフも出てくる。
でもそれ以上に、2つのインサート・ショットに僕は小津の影を感じた。言うまでもなく、小津のインサート・ショットのユニークさはよく知られている。円熟した「東京物語」では、千住のお化け煙突が映画の流れにすんなり溶け込んで挿入されていたけれど、戦前や戦後すぐの実験精神旺盛だった時代の小津の映画では、映画の流れを一瞬、止めるような、時には異様とも思えるインサート・ショットが強い印象を与えている。
斬新な角度で切り取られたビル、圧倒的な力感をもったガスタンクの全景、水平線が少し傾いだ都会の遠景。ストーリーとは関係のない、しかし当時の「新しさ」の象徴のような都市風景が不意に挿入されて、それらのショットにモダニスト小津の感覚の冴えを見ることができた。
小津がカメラ好きだったことを考えると、都市や産業建築物を撮ったこれらのスチール的映像に、昭和初期に紹介され、絵画的な写真が全盛だった当時の写真界にショックを与えたドイツの「新興写真」の影響を感ずるのだが……。それはともかく、『世界』の2つインサート・ショットに、僕は映画の流れを異化しようとする小津のインサート・ショットに似たものを感じた。
もっとも、小津からこの映画を語れるのはここまで。『世界』は、映画全体としては小津の端正なスタイルとはまったく逆の混沌とした世界をつくりあげている。きちんと見ているわけではないけれど、ここ何年かの中国映画は香港や台湾と違って古風なテイストの作品が多いような印象を受けていた。ジャ・ジャンクー監督の映画を見るのは初めてだけど、中国にもこんな同時代の空気を感じさせる映画が出てきたんだなあ。
タオの華やかな舞台と、喧噪にみちた舞台裏、そして私服に着替えたときの静けさ。そんな対比がテンポのよい語り口で語られる。絶えることなく流れるリン・チャン(ホウ・シャオシェン映画でおなじみ)のダンサブルな、でもどこか悲しげな電子音楽。デジタル撮影された画面の、どぎついほどの色彩と肌ざわり。主人公の内面のつぶやきは携帯のメールとアニメーションで示される。
ダンサーのタオはインドのサリーや和服やスチュワーデスの制服を身にまとって、イミテーションのエッフェル塔のような存在として登場する。彼女は「世界」の敷地にある寮に住んでいるから、「通勤」も園内のモノレールを使う。仕事も恋も同僚のダンサーとの友情や競争も、すべてが「世界」のなかで完結している。そんな設定が、タオにかりそめの生を生きているような印象を与える。
一方、タイシュンは警備員の制服を脱げば「世界」の外で別の現実を生きている。同郷の怪しげな先輩とつるんで遊び、年上の女に惚れ、建築現場で働く同郷の友人の事故に遭遇する(事故で死んだ友人の遺書は円谷幸吉の遺書のように悲しい)。結婚しようと迫るタオに、タイシュンは返事をしない。タオはタイシュンの遊びを心配し、年上の女に嫉妬し、タイシュンに代わって事故で死んだ友人の家族を迎えに行く。そんなふうにして、タオも少しずつ「世界」の外に出てゆく。
でもイミテーションの小世界の外へ出ていくことは、お伽噺のような世界から、斬れば血の出る現実の世界に出てゆくことでもある。ラストシーンにつながるタオとタイシュンの仲違いは、「世界」のなかでかりそめの生が完結できなくなった結果でもあるのだろう。
エッフェル塔のインサート・ショットがそんなかりそめの生に対応していたのだとすれば、黒い影を見せるコンビナートのインサート・ショットは、タオとタイシュンが「世界」を出てもうひとつの世界に生きはじめたことに対応していたとも見える。

Comments
コメント&TB失礼します。
なるほど「東京物語」はインサートショットとリンクするんですね。
堤防に腰掛けて海を臨む老夫婦のシーンは記憶に鮮明に残っていました。
「今年はまだ雪が降らないわね」もたしかに小津っぽいw
Posted by: 現象 | October 29, 2005 04:28 PM
こんばんは!
そうです、これをアップしたくてウズウズしたましたが、
あれこれ次々に新作がある・・・
あ~も~これはいい、とTrailerに見入ったデス。
どうもご挨拶遅くなりまして・・・ツボヤキです。
お世話になります!ペコペコペコリ。。。
Posted by: ツボヤキ | October 30, 2005 02:11 AM
>現象さま
TB&コメントありがとうございます。
この監督の長回しは確かにアンゲロプロスと違って「動」ですね。同郷の友人の遺書(メモ)をどう見せるのかと思っていたら、長回しの末にああなるとは。やられました。
>ツボヤキさま
ツボヤキさんのブログにはいつも僕の知らない情報があふれてて、楽しみにしてます。ホウ・シャオシェンの新作情報も、Trailer含めツボヤキ日記で初めて知りました。感謝です。こちらこそ、お世話になります!
Posted by: 雄 | October 31, 2005 10:30 PM
レビューしっかり読ませて頂きました。
あんまりなラストにどうしてこんな終らせ方をしたんだろう!と憤りさえ感じつつ、だからこそ観たらすぐ忘れてしまうただの青春物語にはさせないぞ!という 監督の強い意志を感じました。
「三峡好人」の公開が待たれますね。
Posted by: マダムS | November 10, 2006 09:16 AM
私もこの後、ジャンクー監督の作品をレンタル・ビデオで借りて見ました。特に『一瞬の夢』『プラットホーム』にはぶちのめされました。すごい監督ですね。
『三峡好人』、東京フィルメックスのオープニング上映ですが、行けないので、公開が楽しみです。
Posted by: 雄 | November 10, 2006 11:54 AM