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October 02, 2005

港に佇む鶴見良行

鶴見良行が亡くなって9年。彼の仕事の全貌はようやく『鶴見良行著作集』(全12巻、みすず書房)として集大成された。

鶴見は自分を「学者ではない」と言っているけれど、彼がアジアを歩いて記録した「ナマコの眼」や「バナナと日本人」「マングローブの沼地で」など一連の著作は、現場の眼と文献探索と歴史観とを併せもった、並みの学者にはとても太刀打ちできない希有の仕事だった。今年の6月に出た鶴見良行対話集『歩きながら考える』(太田出版)は、著作集から12の対話を選んで編集したもの。

鶴見良行はこの本で、「歴史を縦ではなく横に読む」ことを語っている。歴史を横に読むとは、例えば東南アジアには山で焼き畑農業を営んで移動を繰り返している人々や、手漕ぎの船でささやかに家族が暮らせるだけの魚を捕っている漁民がたくさんいるけれど、彼らを歴史的に遅れた民(アジア的停滞)としてではなく、同時代に生きている者として、彼らを含んだ同時代史をどう考えてゆくか、ということだろう。

歴史を「縦に読む」と、どうしても中国とかヨーロッパとか強大な文明と権力を持った国々を軸にせざるをえない。近代であれば、ヨーロッパの国民国家の枠組みと、その植民地主義の展開という形で世界を考える。それらに対抗する思想もアンチ国民国家、アンチ国家権力といった形で、結果として軸そのものは疑われずに、もうひとつの権力をつくりあげた。鶴見はそうではなく、「縦」の軸そのものを、島々を歩きながら無化していこうとした。

「東南アジアでは、たとえばフィリピンでもインドネシアでも、民衆の一人一人は自分がフィリピン人であるとかインドネシア人であるということをあまり意識しないで、村という社会単位のなかで生きていればいいわけです。偉大な人間を生む社会は、ある意味で苦しみの中から生まれてくる。ネールや魯迅が出てくる社会というのは、民衆にとっては苦しみの社会、専制国家なんですね。どちらかと言えば、定着農耕の社会です」

「それに対して、偉大な人間を生まない社会は、村だけの村長さんがいやだったら隣の村にくっついちゃえばいい社会です。そこからは偉大な思想家というのは生まれなかったし、生まれなくてよかった。このような社会が非常に遅れていると考えられたら困るんです。……ぼくがひっくりかえしたいという感じをもっているのはそういうことなんです」

12の対話は1970年代から90年代にかけてのもので、それこそ「歴史の縦軸」にとらわれた対話者とのものもある。なかでは山口文憲との単行本1冊分の対話「越境する東南アジア」と、インドネシアのスラウェシ海域を帆船で航海した仲間での座談会「チャハヤ号航海記」が面白かった。

返還前の香港に住んだことのある山口文憲は、なぜ香港に住んだかを「田舎はうざったいからだ」と言っている。「地方の中都市に18歳までいて、もうコリゴリ」だし、「人間の自由というか、さしあたりぼく自身の自由は、都市的な中でしか保障されないだろう」と考えている。

「ですから、タイやフィリピンの農村崩壊というか、都市への人口流入にもきわめて『同情的』でして(笑)」と鶴見とは対極的な実感をベースにしながら、2人はアジアについて、香港について、日本について、モノと人に即して縦横に語って一気に読ませる(2人ともベ平連の組織者)。

「チャハヤ号航海記」は、当時、「エビと日本人」を調査していた村井吉敬、新妻昭夫、鶴見らのグループがスラウェシ島、アンボン島、アル諸島など、かつて香料をめぐって植民地戦争の舞台になった地域を航海しての座談会。島々でそれぞれに違う農業や漁業のあり方や、自給自足的経済を残しながらも貨幣経済が入ってきて世界市場に組み込まれつつある島の姿が語られている。

この本を読み終えて著者の姿をイメージすると、アジアの小さな島の港、水揚げされたわずかな小魚を商っているおばあさんの傍らで、乗り合いの船を待ちながら太陽を反射した波がたぷりたぷりと寄せているのをじっとながめている鶴見良行の像が思い浮かぶ。

鶴見良行の本には、そんな旅の記憶と記録がぎっしり詰まっている。「いまの日本の時流というものに対して全然アイデンティティーもってないし、日本にも違和感を感じてるし、インドネシア人、フィリピン人にもなりきれずに、南シナ海のどっかにポツネンと立っていると自覚があります」。

鶴見良行の仕事は、時を経るごとにますます輝きを増していると思う。


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