『運命じゃない人』の「その瞬間」
「その瞬間」まで、何なんだこの映画は、と思いながら見ていた。
イントロは、離婚して部屋を出たらしい霧島れいかの一人芝居。広場やレストランに一人ぽっちで座るれいかの映像に、「あ、まずい、泣きそうだ」なんてモノローグがかぶさる。こちとら若い女の子の孤独な自分探しにつきあうほど暇じゃない、ひょっとして見る映画を間違えたかも、なんぞと思った。彼女がレストランで見ず知らずの客、山中聡に「よかったら一緒にご飯食べない?」と声をかけられる。そこで『運命じゃない人』のメインタイトル。
タイトルの後に登場するのは中村靖日。会社員の靖日は「いい人」らしく、先輩にマンションの部屋をデートに貸せと言われて断れない。仕事を終えて部屋に帰った彼は、友人で探偵事務所をやっている山中聡にレストランに呼び出される。靖日は同棲していた恋人に逃げられたらしい。山中に「ナンパのひとつもしてみろ」と説教されている。
そんなやりとりが、何の変哲もないミディアム・ショットの連続で描かれる。2人の会話でもカメラはミディアムに据えたままで、通常使われる切り返し(話している人間を交互にアップする)もしない。切り返しを使わず、かといって据えっぱなしのカメラによってその場に生成する空気を捉えようとする気配も感じられない。意図不明、やっぱり映画を間違えたかな、と再び感じた。
と、その瞬間、山中聡が背後の霧島れいかに「よかったら一緒にご飯食べない?」と声をかけて、画面は10分ほど前の霧島れいかの一人芝居の場面に戻ってしまう。そこから先は、へぇー、なるほど、と、唸り、にやりとする場面の連続。話が進んだかと思うと、何度も前の場面に戻る。その間に登場人物それぞれの物語が語られていることで、同じ場面がまったく違う意味をもって観客の前に現れてくる。
靖日から逃げた恋人・板谷由夏は実は結婚詐欺師で、それを突き止めた探偵を金で抱き込み、靖日のマンションに忍び込む。そこに靖日が仕事から帰ってきて、20分ほど前と同一の場面に戻る。タイトル後の場面で靖日が自宅へ帰ってきたとき、そこには友人の探偵と逃げた恋人が隠れていたわけだ。
もう一度、時間がスパイラルすると、由夏は組長・山下規介の情婦なのだが、組長の金もすくねていて、それを追って組長も靖日のマンションに忍んでいる。そんなふうに時間が前へ前へスパイラルし、同じ場面に戻ったときには、最初は「いい人」靖日の日常だった場面が、結婚詐欺やヤクザがからんだ危ないシーンになっている。
スパイラルした後、前にはミディアム・ショットで処理されていた靖日とれいかの抱擁の場面が、ベッドの下に隠れた組長の目から眺められることによって、ミディアム・ショットには写っていない足先だけで演技される。そんなところが、なんともおかしい。「その瞬間」までの芸のない(と見えた)ミディアム・ショットは、「その瞬間」以後のための仕込みだったのだ。
ミステリーの世界で「コン(騙し)・ゲーム」と呼ばれるジャンルのものに近いかもしれない。例えばコリン・デクスターの小説など、章ごとに同じシチュエーションが全く違って見えてしまい、その度にこいつが犯人に違いない、と何度も騙される。それに似た驚きと楽しさがある。
映画なら、数年前に『メメント』というのがあった。僕はけっこう好きなクリストファー・ノーラン監督の作品。こちらはコン・ゲームではないけど、主人公は15分たつと記憶を失ってしまうという設定。やはり時間がスパイラルしながら同一シーンに何度も戻り、行きつ戻りつしながら犯人探しが進行した。そんな作品を思い出したが、『メメント』が緊迫したミステリーだったのに対して、『運命じゃない人』はユーモラスで温かな眼差しなのがいい。
中村靖日が、最後まで自分のマンションで一体何が起こったのか分からず、騙されたことも信じない「いい人」ぶりで楽しませる。組員にいい顔しようと必死な組長・山下規介もサングラスの陰から善良そうな顔がのぞいてしまう。
監督の内田けんじは、ぴあフィルムフェスティバルで賞を受け、これがデビュー作。最近の映画監督は外国でも日本でも映像派ばかりだけど、こんなふうに脚本に凝りに凝る新人が出てきたのは楽しみだね。インタビューでビリー・ワイルダーやニール・サイモンが好きと答えているのが、よく分かる。この映画、ハリウッドが買いに来るかもしれないな。
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» 知らない人が、一番幸せ《運命じゃない人》 [アロハ坊主の日がな一日]
日本では珍しいスタイルの映画。でかつ面白い。
時間の交差と、人の交差。『パルプフィクション』に展開は似ている。あの映画の場合は、メインの主人公の設定はされておらず、次々に人物が登場し、それぞれが何かしら関連しているという設定だが、この『運命じゃない人』は、主人公の気弱な人のいい宮田武(中村靖日)くんをメインにおいて、彼の知らないところで次々と事件が行っている。
やくざからお金を盗み取った高飛びしようとしている結婚詐欺師で宮田くんの元恋人あゆみ(板谷由夏)。やくざにつかまり殺されそうに... [Read More]
Tracked on August 10, 2005 04:21 PM
» 運命じゃない人:フフフと笑えて心が暖かくなる ユーロスペース [気ままに映画日記☆]
この映画は、頼まれたら嫌とは言えない天然記念物的お人よしの宮田君と、彼をだまそうとした結婚詐欺師、友達の探偵、女詐欺師が次にだまそうとしたヤクザ、なぜかまきこまれた婚約者と別れた女が、かかわっておきた一晩のできごとを描いています。
この話を展開するにあ... [Read More]
Tracked on August 11, 2005 12:52 AM
» 事件だ!!! [cinemabourg*]
土曜日、何気なく入ったユーロスペースで私は、“事件”に遭遇しました。普段は最低でも上映開始の40分前には劇場入りするのですが、その日は時間を間違えてしまい、結果的に15分前の到着に。思えば、会場であるユーロスペース1の座席がほとんど埋め尽くされているのを目の辺りにしたときにその予兆を感じ取るべきだったのかもしれません。しかし、ほんのささやかな“期待”に促されて来ただけの私のような鈍感な人間には、そんな予兆を察知するだけの繊細さなどありはしなかったのです。 後ろの方にポカンと空いている座席を見つけすぐ... [Read More]
Tracked on August 12, 2005 11:51 AM
» 「運命じゃない人」最高 [エモーショナル★ライフ]
かねてより期待していた作品「運命じゃない人」見てきました。 これは非常に面白かった! 今年見た邦画の中でベスト1と言っても過言ではない出来栄え。 こういう映画こそブログのパワーで口コミ大ヒットとなりそうな気配です。 この映画を全く知らなかった人は 今すぐ..... [Read More]
Tracked on August 13, 2005 01:55 AM
» 『運命じゃない人』 [かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY]
カンヌで評判をよんだその構成、脚本に拍手。
一つずつパズルのピースが埋め込まれていくのが快感。
時間と空間を共有しても僕と君は別の世界を生きているのだなぁ。
おもしろかったー。そして、ホロリ。
ベストセラー本だとか流行りものの映画化が主流の邦画界で
こういう練りこまれたオリジナル脚本作品に出会えるのは嬉しい。
5つの物語がパラレルに進行するユーモラスなサスペンス。
『パルプ・フィクション』を思い出すような構成なんだけど、
主人公はギャングじゃなくて、普通の会社員、ちょっと... [Read More]
Tracked on August 13, 2005 01:45 PM
» 【映画】『運命じゃない人』大傑作+大推薦+絶対必見! [Badlands 〜映画と芝居と音楽と〜]
[Read More]
Tracked on August 13, 2005 03:44 PM
» 運命じゃない人 [★☆★ Cinema Diary ★☆★]
本日3本目は「運命じゃない人」です。
さぁ〜、きました!きました!きましたよ(笑)
期待以上、メチャメチャ面白かった
もう最高でした。文句なしこれはもう傑作でしょう。
練りに練られた見事な脚本には拍手を送りたいです。
僕はほとんど予備知識ゼ... [Read More]
Tracked on August 14, 2005 02:41 PM
» 「運命じゃない人」 [こだわりの館blog版]
8/7 ユーロスペース にて
これはおもしろい!
良く練られた脚本に、小気味よいテンポの演出。
ちょっと自主製作映画っぽい雰囲気もありますが、存分に楽しめます。
監督・脚本:内田けんじ
出演:中村靖日、霧島れいか、山中聡、山下規介、板谷由夏、他
気弱... [Read More]
Tracked on August 15, 2005 12:34 PM
» 「運命じゃない人」評/知らなくていいことなんてざらにある、けど。 [I N T R O+blog]
『運命じゃない人』(2005 / 日本 / 内田 けんじ) Text By 仙道 勇人 大仰なドラマなどなくても、そこに「人間」が描かれてさえいれば一本の映画たりうる――本作「運命じゃない人」はそんな事実を改めて見せつけてくれる快作だ。人が良すぎて小心者のサラリーマン宮田を中心に、彼と関わる人々―...... [Read More]
Tracked on August 15, 2005 11:22 PM
» 試写会「運命じゃない人」 [こまったちゃんのきまぐれ感想記]
試写会「運命じゃない人」開映19:00@ガスホール
「運命じゃない人」 2004年 日本
配給:クロックワークス
監督・脚本:内田けんじ
出演:中村靖日・霧島れいか・山中聡・山下規介・板谷由夏
上映時間=98分
昨日、突然のお誘いメール。
以前に同行していただいた方。働く主婦同士ということで好意を持ってくださり、遅め時間が都合がよかったはずとお誘い下ったそうです。19時開映はた�... [Read More]
Tracked on August 19, 2005 12:12 PM
» 『 運命じゃない人 』 [やっぱり邦画好き…]
『 運命じゃない人
』 [ 試写会鑑賞2005.07.05 ]
監 督:内田けんじ
脚 本: 〃
[ キャスト ]
中村靖日 霧島れいか 山中 聡 山下規介 板谷由夏 他
バラバラになった時間がすべて揃った時、幸せがやってくる
こんなの初めてなタイムスパ... [Read More]
Tracked on August 22, 2005 01:51 AM
» 『運命じゃない人』★★★☆☆☆ [晴れ、ときどき 三匹と一緒。]
監督、脚本:内田けんじ
出演:中村靖日、霧島れいか、山中聡 山下規介 板谷由夏
《Story》
婚約破棄となり、二人で住む家を出てきた桑田真紀。婚約者に逃げられた、すごく人がいいサラリーマン宮田 武。それを心配しつつも歯がゆく思う親友、私立探偵の神田。神田は... [Read More]
Tracked on August 23, 2005 12:06 AM
» 続・映画に明日はない 内田監督インタビュー [NIZOO PORTAL]
内田けんじ監督も村松亮太郎監督も、30代前半の若き映画監督。人間のタイプ... [Read More]
Tracked on September 12, 2005 01:38 AM
» 「運命じゃない人」 [もじもじ猫日記]
すっごく面白かった!
実は内容をよく知らなくて、なんとなく観たんですが、大当たり!。
友人に“一人だけ違う星に住んでいる”といわれるほど人のいいサラリーマン宮田くん。
そんな彼が、振られた彼女を忘れるため、ほんのちょっと勇気をだした一晩のほのぼのした物語
なんて始まりで、くすくす笑えるし【あ、またゆるゆる映画かな】と思っていたら、
話は一転、大金の絡んだクライムストーリーに!
なのに宮田くんは事件の中心にいるのに何も知... [Read More]
Tracked on September 14, 2005 12:24 AM
» 『運命じゃない人』’04・日 [虎党 団塊ジュニア の 日常 グルメ 映画 ブログ]
あらすじ婚約破棄となり、二人で住む家を出てきた桑田真紀(霧島れいか)。サラリーマンの宮田武(中村靖日)は、すぐに人を信じてしまう典型的ないい人。そんな宮田の親友で私立探偵の神田(山中聡)は前の彼女を引きずる宮田のために、真紀をナンパしてくる。そこに行方...... [Read More]
Tracked on March 26, 2006 10:43 PM
» 運命じゃない人 06年155本目 [猫姫じゃ]
運命じゃない人
2004年 内田けんじ 監督中村靖日 、霧島れいか 、山中聡 、山下規介 、板谷由夏
かなり練り込まれた脚本。 1夜の出来事を、登場人物ごとの視点で、何度も見せるんだケド、、、ま、しつこいと言えばしつこいですが、そのたびに、新しい発見がある....... [Read More]
Tracked on July 29, 2006 10:57 AM
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