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August 10, 2005

『運命じゃない人』の「その瞬間」

「その瞬間」まで、何なんだこの映画は、と思いながら見ていた。

イントロは、離婚して部屋を出たらしい霧島れいかの一人芝居。広場やレストランに一人ぽっちで座るれいかの映像に、「あ、まずい、泣きそうだ」なんてモノローグがかぶさる。こちとら若い女の子の孤独な自分探しにつきあうほど暇じゃない、ひょっとして見る映画を間違えたかも、なんぞと思った。彼女がレストランで見ず知らずの客、山中聡に「よかったら一緒にご飯食べない?」と声をかけられる。そこで『運命じゃない人』のメインタイトル。

タイトルの後に登場するのは中村靖日。会社員の靖日は「いい人」らしく、先輩にマンションの部屋をデートに貸せと言われて断れない。仕事を終えて部屋に帰った彼は、友人で探偵事務所をやっている山中聡にレストランに呼び出される。靖日は同棲していた恋人に逃げられたらしい。山中に「ナンパのひとつもしてみろ」と説教されている。

そんなやりとりが、何の変哲もないミディアム・ショットの連続で描かれる。2人の会話でもカメラはミディアムに据えたままで、通常使われる切り返し(話している人間を交互にアップする)もしない。切り返しを使わず、かといって据えっぱなしのカメラによってその場に生成する空気を捉えようとする気配も感じられない。意図不明、やっぱり映画を間違えたかな、と再び感じた。

と、その瞬間、山中聡が背後の霧島れいかに「よかったら一緒にご飯食べない?」と声をかけて、画面は10分ほど前の霧島れいかの一人芝居の場面に戻ってしまう。そこから先は、へぇー、なるほど、と、唸り、にやりとする場面の連続。話が進んだかと思うと、何度も前の場面に戻る。その間に登場人物それぞれの物語が語られていることで、同じ場面がまったく違う意味をもって観客の前に現れてくる。

靖日から逃げた恋人・板谷由夏は実は結婚詐欺師で、それを突き止めた探偵を金で抱き込み、靖日のマンションに忍び込む。そこに靖日が仕事から帰ってきて、20分ほど前と同一の場面に戻る。タイトル後の場面で靖日が自宅へ帰ってきたとき、そこには友人の探偵と逃げた恋人が隠れていたわけだ。

もう一度、時間がスパイラルすると、由夏は組長・山下規介の情婦なのだが、組長の金もすくねていて、それを追って組長も靖日のマンションに忍んでいる。そんなふうに時間が前へ前へスパイラルし、同じ場面に戻ったときには、最初は「いい人」靖日の日常だった場面が、結婚詐欺やヤクザがからんだ危ないシーンになっている。

スパイラルした後、前にはミディアム・ショットで処理されていた靖日とれいかの抱擁の場面が、ベッドの下に隠れた組長の目から眺められることによって、ミディアム・ショットには写っていない足先だけで演技される。そんなところが、なんともおかしい。「その瞬間」までの芸のない(と見えた)ミディアム・ショットは、「その瞬間」以後のための仕込みだったのだ。

ミステリーの世界で「コン(騙し)・ゲーム」と呼ばれるジャンルのものに近いかもしれない。例えばコリン・デクスターの小説など、章ごとに同じシチュエーションが全く違って見えてしまい、その度にこいつが犯人に違いない、と何度も騙される。それに似た驚きと楽しさがある。

映画なら、数年前に『メメント』というのがあった。僕はけっこう好きなクリストファー・ノーラン監督の作品。こちらはコン・ゲームではないけど、主人公は15分たつと記憶を失ってしまうという設定。やはり時間がスパイラルしながら同一シーンに何度も戻り、行きつ戻りつしながら犯人探しが進行した。そんな作品を思い出したが、『メメント』が緊迫したミステリーだったのに対して、『運命じゃない人』はユーモラスで温かな眼差しなのがいい。

中村靖日が、最後まで自分のマンションで一体何が起こったのか分からず、騙されたことも信じない「いい人」ぶりで楽しませる。組員にいい顔しようと必死な組長・山下規介もサングラスの陰から善良そうな顔がのぞいてしまう。

監督の内田けんじは、ぴあフィルムフェスティバルで賞を受け、これがデビュー作。最近の映画監督は外国でも日本でも映像派ばかりだけど、こんなふうに脚本に凝りに凝る新人が出てきたのは楽しみだね。インタビューでビリー・ワイルダーやニール・サイモンが好きと答えているのが、よく分かる。この映画、ハリウッドが買いに来るかもしれないな。

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