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August 27, 2005

『ある朝スウプは』の「液体」

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『ある朝スウプは』の冒頭とラスト、2度の長い長い朝食のシーンがある。2つのシーンに、この映画のエッセンスが詰め込まれているように思った。

カメラはほとんど据えっぱなしで、古ぼけたアパートの窓辺にある小さな食卓に向かいあう恋人同士を横から捉えている。同棲している2人がご飯に「スウプ」で、漬け物をぼりぼり噛みながら、とぎれとぎれの会話を交わしている。

冒頭のシーンは秋で、外は曇り空だろうか、やや陰鬱な光が射し込んでいたように思う。男(廣末哲万)はパニック障害になり、医者通いしている。仕事ができなくなり、在宅の仕事を始めようとしている。女(並木愛枝)は、勤めている会社が移転することになり、遠くまで通うか勤めを辞めるか迷っている。そんなことが、ぼそぼそと語られる。どこにでもありそうな、ごく日常的な会話だけれど、男が上目遣いで女を見る表情や、女のちょっと神経質な仕草から、崩壊の予感といっては大げさだけど、画面に緊張が漂う。

(以下ネタバレですが、宣伝でも結末を明かしているので)
ラストシーンは春で、外からは明るい木漏れ日が差し込んで女の上半身をまだらに照らしている。暖かい日差しのなかで、男と女はもう別れることを決めている。最後の朝食。それまでの激しいいさかいとは打ってかわって、2人は互いの今後を思いやりながらぼそぼそとしゃべり、でももう結論は変えようがない。アパートの外には、男を虜にした新興宗教の信者が彼を待っている。画面いっぱいの柔らかい光が、2人の残酷な結末を逆に際立たせる。

この2つの朝食のシーンにはさまれて、恋人たちの崩壊が描かれる。男が手首に数珠のようなブレスレットをつけはじめる。女には、妹にもらったのだと嘘を言う。夜、寝ていると、男は低く呪文のような経をつぶやいている。男は新興宗教にはまり、女が問いつめると、「君にはカルマがあふれている」などと言い出す。そんなささいな出来事から2人の気持ちが噛み合わなくなり、男が壊れてゆく過程を、高橋泉監督(脚本・撮影・編集も)は、ほとんど2人だけの登場人物、アパートとその周辺という閉じられた空間のなかで見つめている。

男が、「液体になりたいんだ」とつぶやく。「液体なら、どんな形にだってなれるじゃないか」。この映画でいちばん印象に残ったセリフ。自分の身体と脳(意識)という固体に閉じこめられた男の、悲鳴のようにも聞こえる。そのセリフに照応するように、映画では終始、液体が登場する。

冒頭、男がアパートで洗濯機を回している。渦巻く水流。と、次のカットでは、女が生卵を箸でかき混ぜる手元がアップになる。至近距離で撮影された卵黄と白身が奇妙な質感をもって渦を巻き、前のカットの渦に重なる。渦巻きというのは、ポーやヒッチコックを引くまでもなく、見る者をそのなかに引きずり込む感覚に誘う。次のカットは、一転して冒頭の静謐な朝食シーン。奇妙なカットのつなぎ方だなと思いながらも、巧みに映画に引き込まれてしまう。

映画はオールロケで、秋から冬へ、冬から春へ、季節に従って撮影されている。その季節ごとの水の表情が、もうひとつの液体として瑞々しい。雨。雪。雪どけの、したたり落ちる水滴。男は、こういう液体になりたかったのか。

ぴあフィルムフェスティバルPFFアワード2004グランプリ作品。自主制作映画だから、スタッフもキャストもプロでなく、むろん予算もなく、ビデオ撮影、ロケの条件も厳しかったろう。そのなかで、こんな濃密な時間をつくりあげた監督の力量はかなりのものだと思う。

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Comments

こんにちは。

この映画の出来に驚き、昨日は主演の廣末哲万の新作『阿佐ヶ谷ベルボーイズ』をUPLINK Xで観て来ました。
本作もやはり廣末哲万と並木愛枝が出演しています。中篇ながら、濃密な空気感は『ある朝スープは』のまま。特に結論めいたものを出さず、しかし、日常の暮らしに潜む闇や、ほんの少しのズレが時に日常を狂わせるというような主題を、私は読み取りました。脚本は高橋泉です。このコンビは今後、目が離せないと思いました。

雄さんには、是非観ていただきたいです。

Posted by: [M] | August 29, 2005 at 10:15 AM

>[M]さま

貴重な情報ありがとうございます。なんとか時間をつくって見にいきたいです。

ほんとに、この映画の濃密さははんぱじゃないですね。

Posted by: | August 31, 2005 at 10:12 AM

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