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August 04, 2005

『ライフ・イズ・ミラクル』の祝祭

普通、1本の映画には悲しみであれ喜びであれ、画面を貫くひとつの主要な感情がある。その感情を最大限に高め、観客に伝えるために、画面のあらゆるものが動員されたり、逆に切り捨てられたりする。

『ライフ・イズ・ミラクル』の面白いところは、というより『アンダーグラウンド』以後のエミール・クストリッツァの面白いところは、映画のテーマに沿ったある感情を表現するために他の感情を動員したり切り捨てたりするのでなく、あらゆる感情を等価なものとして1本の映画のなかにごった煮のようにぶちこんでいるところではないだろうか。『アンダーグラウンド』『黒猫・白猫』、そして『ライフ・イズ・ミラクル』の猥雑な祝祭のような空気は、そこからきているのだと思う。

ボスニア・ヘルツェゴヴィナ内戦が舞台になっている『ライフ・イズ・ミラクル』でも、登場人物は皆が皆、あきれるほどよくしゃべり、食い、酒を飲み、歌い、踊る。泣き、笑う。セックスし、排泄し、人も殺す。

ほとんど全編にバルカン・ブラスの明るくて哀しい音楽が流れている。クストリッツァの映画がいつもそうであるように、ブラスバンドは映画のなかにも登場し、いたるところで音楽を演奏する。密輸でうまい汁を吸っている市長たちが、突如、貨車の上でミュージカル映画みたいに歌い出す。主人公のセルビア人鉄道技師ルカ(スラブコ・スティマチ)は縦笛で印象的なテーマ曲を吹いている。

ルカが乗用車に乗ってガチャンガチャンと不自然に方向転換する。画面が引くと、その自動車はなんと列車の車輪をつけていて、鉄道線路を走り出す。未完成の鉄道に列車は走らず、人々は手こぎトロッコや4輪自転車(?)で線路を行き来する。そんな非現実的な滑稽さもまた彼の映画の特徴のひとつ。

これもまたクストリッツァの映画の常として、登場人物のそばに必ず動物がいて、人間と共に生き、時には人間以上の役割を果たす。冒頭では「クロアチアの熊」が村人を襲って、血の予感を漂わせる(内戦がクロアチアから波及したことの隠喩。熊が家に入り込んで風呂に入っているグロテスクな笑いもある)。ルカは犬と猫を飼っていて、『黒猫・白猫』と同じように、猫がミャーと鳴くと男と女が結ばれる。

この映画でそれ以上の役割を負っているのはロバだ。冒頭からラストシーンまで、重要なシーンに必ず登場するロバは、失恋し絶望(!)していて、涙を流し、決して人の言いなりにならない。ある場所に頑固に立ち止まりつづける。ルカやその友人と共にあって、最後に決定的な役割をはたすロバは、クストリッツァがこの映画に込めた固い意志のようなものを象徴しているようにも見える。

『ライフ・イズ・ミラクル』は反リアリズムでありながら、同時にリアリズムでもある。ルカと、彼と愛し合うようになった捕虜のムスリム人看護士サバーハ(ナターシャ・ソラック)の乗ったベッドが隠れ家の屋根を抜けて空中に浮遊し、紅葉した晩秋のボスニアの谷々を飛んでゆくところは、この映画のいちばん美しいシーンだ。そんな幻想的な場面がある一方で、はじめはテレビで伝えられるだけだった首都サラエボの戦闘が、田舎の美しい谷々に迫り人々を巻き込んでゆく様がなんともリアル。

ルカは技師としてセルビア共和国に通ずる鉄道のトンネルを掘っている。まるで『第3の男』の地下シーンのように、トンネルを光と影が往来するたびに、出来事が起こる。

ルカの駅兼用の住まいは高台にあって、美しい谷を見下ろしている。住まいから谷に向けて傾斜した斜面を、ルカの息子のサッカーボールが2度、転がり落ちる。冒頭近くでは、落ちるボールを追いかけて拾ったところに、息子の友人のムスリム人がラマダン明けの菓子を持ってさりげなく別れを告げにくる。いいシーンだね。2度目に転がり落ちるボールは、従軍してムスリム側の捕虜になった息子そのもののようにルカの手を逃げていき、ようやく追いついたルカはボールを抱きしめて泣く。

斜面といえば、隠れ家で結ばれたルカとサバーハも抱き合ったまま草原を転がり落ちる。2人は干し草の山に突っ込んで止まり、愛し合う。ここでは転がり落ちることが爆発的な喜びの表現になっている。

ラスト近く、ルカと息子と妻は廃墟になった駅兼自宅に戻ってくる。タンポポの種が雪のように舞っている。ガチョウが騒ぐ。鷹がガチョウを狙って殺す。息子が自分の部屋へ入って、「枕にクソが!」と叫ぶ。妻は谷に面したベランダ(ホーム)のブランコに乗る。おおげさな言葉を交わすこともなく戦争を生きている3人のひとつひとつの仕草が何とも沁みる。

ムスリムの看護士を演ずるスラブコ・スティマチの淡い緑の瞳がチャーミングだ。ルカを信じきった笑顔も素敵。クライマックスに近く、ルカと2人で国境の川を渡って逃げようとするシーンで、「ちょっと、おしっこ」と言って木の陰に隠れる(こういう日常を差しはさむ演出がクストリッツァの憎いとこ)。少し離れたところにいる、彼女を自民族と知らないムスリムの狙撃兵が銃のスコープを通して(とういうことは観客も)、ちょっと太めの彼女のお尻を覗き見る。そんなエロティシズムもたっぷりある。

(以下ネタバレです)
ムスリム勢力の捕虜になった息子と、息子と交換するための捕虜であるサバーハ。2人の捕虜を交換するシーンで、ルカは愛するようになったサバーハを取るか、息子を取るかの選択を迫られる。ところがクストリッツァはここでルカに自分の意志による選択をさせないで、コートが座席に引っかかってサバーハについてゆけなかった偶然から結果を導き出している。自らの意思ではなく偶然によって、というのがいいね。実際、人生はそんなことが多いのだから。

ラストシーン。ロバに乗ってトンネルを抜けた2人は、どこへ向かっているんだろうか。セルビア共和国じゃないよね。駅を兼ねた自分の家へ向かっているんだよね。とすれば、ここから次の「祝祭」が始まる。

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