『ライフ・イズ・ミラクル』の祝祭
普通、1本の映画には悲しみであれ喜びであれ、画面を貫くひとつの主要な感情がある。その感情を最大限に高め、観客に伝えるために、画面のあらゆるものが動員されたり、逆に切り捨てられたりする。
『ライフ・イズ・ミラクル』の面白いところは、というより『アンダーグラウンド』以後のエミール・クストリッツァの面白いところは、映画のテーマに沿ったある感情を表現するために他の感情を動員したり切り捨てたりするのでなく、あらゆる感情を等価なものとして1本の映画のなかにごった煮のようにぶちこんでいるところではないだろうか。『アンダーグラウンド』『黒猫・白猫』、そして『ライフ・イズ・ミラクル』の猥雑な祝祭のような空気は、そこからきているのだと思う。
ボスニア・ヘルツェゴヴィナ内戦が舞台になっている『ライフ・イズ・ミラクル』でも、登場人物は皆が皆、あきれるほどよくしゃべり、食い、酒を飲み、歌い、踊る。泣き、笑う。セックスし、排泄し、人も殺す。
ほとんど全編にバルカン・ブラスの明るくて哀しい音楽が流れている。クストリッツァの映画がいつもそうであるように、ブラスバンドは映画のなかにも登場し、いたるところで音楽を演奏する。密輸でうまい汁を吸っている市長たちが、突如、貨車の上でミュージカル映画みたいに歌い出す。主人公のセルビア人鉄道技師ルカ(スラブコ・スティマチ)は縦笛で印象的なテーマ曲を吹いている。
ルカが乗用車に乗ってガチャンガチャンと不自然に方向転換する。画面が引くと、その自動車はなんと列車の車輪をつけていて、鉄道線路を走り出す。未完成の鉄道に列車は走らず、人々は手こぎトロッコや4輪自転車(?)で線路を行き来する。そんな非現実的な滑稽さもまた彼の映画の特徴のひとつ。
これもまたクストリッツァの映画の常として、登場人物のそばに必ず動物がいて、人間と共に生き、時には人間以上の役割を果たす。冒頭では「クロアチアの熊」が村人を襲って、血の予感を漂わせる(内戦がクロアチアから波及したことの隠喩。熊が家に入り込んで風呂に入っているグロテスクな笑いもある)。ルカは犬と猫を飼っていて、『黒猫・白猫』と同じように、猫がミャーと鳴くと男と女が結ばれる。
この映画でそれ以上の役割を負っているのはロバだ。冒頭からラストシーンまで、重要なシーンに必ず登場するロバは、失恋し絶望(!)していて、涙を流し、決して人の言いなりにならない。ある場所に頑固に立ち止まりつづける。ルカやその友人と共にあって、最後に決定的な役割をはたすロバは、クストリッツァがこの映画に込めた固い意志のようなものを象徴しているようにも見える。
『ライフ・イズ・ミラクル』は反リアリズムでありながら、同時にリアリズムでもある。ルカと、彼と愛し合うようになった捕虜のムスリム人看護士サバーハ(ナターシャ・ソラック)の乗ったベッドが隠れ家の屋根を抜けて空中に浮遊し、紅葉した晩秋のボスニアの谷々を飛んでゆくところは、この映画のいちばん美しいシーンだ。そんな幻想的な場面がある一方で、はじめはテレビで伝えられるだけだった首都サラエボの戦闘が、田舎の美しい谷々に迫り人々を巻き込んでゆく様がなんともリアル。
ルカは技師としてセルビア共和国に通ずる鉄道のトンネルを掘っている。まるで『第3の男』の地下シーンのように、トンネルを光と影が往来するたびに、出来事が起こる。
ルカの駅兼用の住まいは高台にあって、美しい谷を見下ろしている。住まいから谷に向けて傾斜した斜面を、ルカの息子のサッカーボールが2度、転がり落ちる。冒頭近くでは、落ちるボールを追いかけて拾ったところに、息子の友人のムスリム人がラマダン明けの菓子を持ってさりげなく別れを告げにくる。いいシーンだね。2度目に転がり落ちるボールは、従軍してムスリム側の捕虜になった息子そのもののようにルカの手を逃げていき、ようやく追いついたルカはボールを抱きしめて泣く。
斜面といえば、隠れ家で結ばれたルカとサバーハも抱き合ったまま草原を転がり落ちる。2人は干し草の山に突っ込んで止まり、愛し合う。ここでは転がり落ちることが爆発的な喜びの表現になっている。
ラスト近く、ルカと息子と妻は廃墟になった駅兼自宅に戻ってくる。タンポポの種が雪のように舞っている。ガチョウが騒ぐ。鷹がガチョウを狙って殺す。息子が自分の部屋へ入って、「枕にクソが!」と叫ぶ。妻は谷に面したベランダ(ホーム)のブランコに乗る。おおげさな言葉を交わすこともなく戦争を生きている3人のひとつひとつの仕草が何とも沁みる。
ムスリムの看護士を演ずるスラブコ・スティマチの淡い緑の瞳がチャーミングだ。ルカを信じきった笑顔も素敵。クライマックスに近く、ルカと2人で国境の川を渡って逃げようとするシーンで、「ちょっと、おしっこ」と言って木の陰に隠れる(こういう日常を差しはさむ演出がクストリッツァの憎いとこ)。少し離れたところにいる、彼女を自民族と知らないムスリムの狙撃兵が銃のスコープを通して(とういうことは観客も)、ちょっと太めの彼女のお尻を覗き見る。そんなエロティシズムもたっぷりある。
(以下ネタバレです)
ムスリム勢力の捕虜になった息子と、息子と交換するための捕虜であるサバーハ。2人の捕虜を交換するシーンで、ルカは愛するようになったサバーハを取るか、息子を取るかの選択を迫られる。ところがクストリッツァはここでルカに自分の意志による選択をさせないで、コートが座席に引っかかってサバーハについてゆけなかった偶然から結果を導き出している。自らの意思ではなく偶然によって、というのがいいね。実際、人生はそんなことが多いのだから。
ラストシーン。ロバに乗ってトンネルを抜けた2人は、どこへ向かっているんだろうか。セルビア共和国じゃないよね。駅を兼ねた自分の家へ向かっているんだよね。とすれば、ここから次の「祝祭」が始まる。
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» ライフ・イズ・ミラクル [CINEMA草紙]
エミール・クストリッツアの新作「ライフ・イズ・ミラクル」を、 「気まぐれCINE [Read More]
Tracked on August 03, 2005 at 04:24 PM
» 『ライフ・イズ・ミラクル』 [ラムの大通り]
-----この監督、エミール・クストリッツァって
確か今年のカンヌ映画祭コンペティション部門の審査委員長だよね。
「うん。カンヌは毎年、審査員の好みに大きく左右されるから、
今年のパルムドールはアート系というか、
非ハリウッド的映画で決まりでは…と言われているんだ」
-----と言うことは、この『ライフ・イズ・ミラクル』も
一筋縄ではいかない作品ってことだね。
「世界広しと言えども、
クストリッツァ... [Read More]
Tracked on August 03, 2005 at 05:16 PM
» ライフ・イズ・ミラクル [I LOVE CINEMA +]
Zibot Je Cude/Life is a miracle/LA VIE EST UN MIRACLE!
2004年 フランス セルビア モンテネグロ 154分
監督 : エミール・クストリッツァ
出演 : スラブコ・スティマチ ナターシャ・ソラック ヴク・コスティッチ ヴェスナ・トリヴァリッチ アレクサンダル・ベルチェク ストリボール・クストリッツァ
1992年 ボスニア紛争が始まって巻き込まれていく庶民の姿、戦争の悲惨な現実などをリアルに描きつつ、そこで生き抜く人々... [Read More]
Tracked on August 03, 2005 at 10:01 PM
» ライフ イズ ミラクル [単館ロードーショーを追え!]
"ライフ イズ ミラクル"
エミール・クストリッツァの最新作が公開された。公開初日の初回の上映を観に出かけた。今やヨーロッパを代表する監督にまでなったクストリッツァ。その独特な寓意的エピソードを多用し、独自の音楽をパワフルに聴かせ不思議な世界に引き込ませる手... [Read More]
Tracked on August 03, 2005 at 11:56 PM
» 『ライフ・イズ・ミラクル』 [愛すべき映画たち]
LIFE IS A MIRACLE(2004/セルビア・モンテネグロ=仏)【監督】エミール・クストリッツァ【出演】スラヴコ・スティマチ/ナターシャ・ソラック/ヴク・コスティッチ 『SUPER 8』以来3年ぶりの、待ちに待ったクストリッツァの最新作。舞台は1992年、内戦勃発直後のボスニア・ヘ... [Read More]
Tracked on August 04, 2005 at 12:21 PM
» 『ライフ・イズ・ミラクル』 [かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY ]
これぞ映画の醍醐味。圧倒的な映画力。
ミラクルな至福感に包まれる。
エミール・クストリッツァは五本の指に入るお気に入り監督。
彼の作品には私が映画に求めている多くのものが溢れていた。
その映像と音楽に身を任せるだけで楽しくて仕方ない。
全てのものたちが躍動し、悲劇と喜劇が混じり合い響く。
そんな混沌の中に感じるのは生命力と人生の素敵さ。
1992年、セルビア国境に近いボスニアの小さなのどかな村。
セルビア人のルカは、鉄道を引くためにこの村にやってきた。
技師のオペラ歌手の妻... [Read More]
Tracked on August 05, 2005 at 03:03 PM
» 『ライフ・イズ・ミラクル』 [yaccostyle]
本日は銀座シネスイッチで『ライフ・イズ・ミラクル』を観に行きました。
ボスニア紛争という背景がありながら、どこかファンタスティックであたたかくて、おかしくて、ちょっとせつないお話。 現代版、あるいはボスニア版「ロミオとジュリエット」。 これは実際にボスニア紛争中、セルビア人男性の身におきたエピソードをもとにしてるんだって。
なんとも不思議な雰囲気漂いつつ話は進行していくのだけど、随所に動物が出てきて、切ない場面、楽しい場面、ドキドキする場面をうまく盛り上げてくれる。 中でも必見?はロバ。 ... [Read More]
Tracked on August 07, 2005 at 12:35 AM
» 「ライフ・イズ・ミラクル」 [こだわりの館blog版]
7/31 シネスイッチ銀座 にて
(「エミール・クストリッツァのこと」
からのつづき)
クストリッツァ、クストリッツァ、クストリッツァ!
エミール・クストリッツァの鮮やかな映画への復帰をみんなで祝おう!
監督・製作・音楽:エミール・クストリッツァ
出演... [Read More]
Tracked on August 07, 2005 at 12:03 PM
» ライフ・イズ・ミラクル [★☆★ Cinema Diary ★☆★]
本日2本目は「ライフ・イズ・ミラクル」です。
さて、まだ「村の写真集」を観た余韻が残っているわけですが。
しかし上映期間が短いし、結構楽しめそうなのでこの作品は観ておきます。
この作品が、今年の劇場での100本目の鑑賞作品となりました。
自ら....... [Read More]
Tracked on August 21, 2005 at 10:33 AM
» ライフ・イズ・ミラクル [bagdadcafe blog]
公開前から楽しみにしていたエミール・クリストリッツァ監督の新作、「ライフ・イズ・ミラクル」を見てきました。
あらすじ: 1992年、セルビアとの国境にほど近いボスニアの片田舎。セルビア人のルカはこの村に鉄道を敷くためやって来た技師。家族や仲間たちとともに....... [Read More]
Tracked on September 03, 2005 at 01:06 PM
» ライフ・イズ・ミラクル Life is a miracle [LM * The Letters about a MOVIE.]
前略。元気ですか?
『ライフ・イズ・ミラクル』を見て来ました。この映画の監督は、エミール・クストリッツァ、という人で、カンヌやなんかで、たくさん賞を獲っている人なんだけど、僕は今まで見たことがありませんでした。
この映画を紹介している文章をくつか読んで、恋愛ものなのかと思っていたんだけど、全然違った!恋愛のレの字も始まらないうちから、なんだこの映画?スゲーじゃねーか!!!!という感じ。... [Read More]
Tracked on September 07, 2005 at 12:17 AM
» ライフ・イズ・ミラクル [別冊 社内報]
監督はエミール・クストリッツァ。「アンダーグラウンド」くらいの期待度で臨みましたが、大満足。
ロバが失恋して自殺を試みたり、犬が猫と折々に喧嘩したりと、動物の導入場面も印象的。
「北の国から」のキタキツネのような愛らしさで取り上げるつもりは毛頭ないはずなのに
それ以上の効果が伝わります。
息子が出征したら、入れ違いにムスリム人女性・サバーハが登場、捕虜交換でサバーハが
行ってしまうと同時に息子が再登場…これは舞台でも使えそうな展開。男女の違いがなければ
一人二役も可能。
そのサバー... [Read More]
Tracked on September 18, 2005 at 07:32 PM
» Boban I Marko (Boban Markovic Orkestar) [【ponty's music lounge】]
World-Europe-Roma(Gupsy) Music : ★★★★☆
Boban I Marko Balkan Brass Fest
弾け、乱れ飛ぶ金管の嵐
ボバン・マルコビッチ・オルケスタル、2003年の作品。
ファンファーレ・チォカリーアやタラフ・ドゥ・ハイドゥークスに代表される昨今のバルカン音楽のブーム...... [Read More]
Tracked on October 21, 2005 at 09:07 AM
» 『ライフ・イズ・ミラクル』’04仏・セルビア・モンテネグロ [虎党 団塊ジュニア の 日常 グルメ 映画 ブログ]
毎月1日は大阪府下の映画館では、映画サービスデーということで梅田スカイビル4Fにある梅田ガーデンシネマで、映画を観て来ました。いわゆるミニシアターです。『皇帝ペンギン』も観たかったが、時間的にこちらとなった。監督はパパは、出張中!、『アンダーグラウンド...... [Read More]
Tracked on February 23, 2006 at 01:12 AM
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