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July 10, 2005

『ワンナイト・イン・モンコック』は激しく、切ない

東映ヤクザ映画が全盛の頃、年に1本か2本、目の覚めるような傑作が生まれた。たとえば山下耕作の『総長賭博』であり、加藤泰の『明治侠客伝 三代目襲名』であり、深作欣二の『人斬り与太 狂犬三兄弟』といった作品が思い浮かぶ。

どの作品もシリーズものの1本だったから、設定もストーリーも役者も、細部で順列組み合わせの差はあるにせよ基本的にはシリーズの他の作品と似たようなもの。その同じ素材から、あるものは眠くなるような映画になり、あるものは30年後にもいくつものシーンを鮮やかに思い出す作品になる。

不思議なことだけれど、脚本と演出と役者とその他スタッフの力と、ジャンル(東映ヤクザ映画)の展開と成熟度と、そしてこれはつくり手の意思ではどうにもならない時代の空気と、ジグゾーパズルのようにすべてのコマが奇跡的にぴたりとはまるべきところにはまる映画がある。

『ワンナイト・イン・モンコック 旺角黒夜』(イー・トンシン監督・脚本)を見てそんなことを思ったのは、この映画が香港ノワールの『総長賭博』であり『人斬り与太 狂犬三兄弟』であるような気がしたからだ。

素材は香港ノワール、あるいは香港映画でおなじみのものばかり。

舞台は香港でいちばん香港らしい街、猥雑な繁華街の旺角(モンコック)。黒社会の、対立する組同士の抗争。それを追う刑事たちの、人生に疲れた警部(アレックス・フォン)と跳ね上がりの新人の対比。大陸からやってくる殺し屋(ダニエル・ウー)という設定は、『インファナル・アフェア 終極無間』でもあった。同じように大陸からやってきて売春している娘(セシリア・チョン)というのも、かつて香港映画で見た記憶がある(タイトル失念)。『PTU』と同じ、一夜の物語という設定(厳密には一夜ではないけど)。

目新しい設定でも物語でもない。でも、いかにも香港ノワールらしい素材を使って、冒頭からラストシーンまで、ぴんと張った一本の糸のような映画だった。

なかでも、脚本がとても良く練れていると思った。導入部で事件のきっかけとなるチンピラ同士の争い。そのきっかけとなる女が、最後にストーリーに絡んでくる伏線の張り方。やる気のない同僚を責め、やたら張り切る新人警官が引き起こす事件。それを黙って処理する警部の苦い思い。

マフィアのボスに脅され、警部にも脅されて右往左往する成金趣味の携帯電話屋夫婦のおかしさと哀れ(『PTU』に続いてラム・シュがいい味出してる)。別々の追っ手から逃れる殺し屋と娼婦が一緒に行動しながら、それぞれに抱えている過去と夢。言葉少なにやりとりする2人の感情が揺れる。この2人の会話だけが北京語というのがこの映画のキーなのだけど、広東語と北京語を聞き分けられないので、その微妙さを理解できないのが残念。

登場する人間たちと、その絡みが丁寧に描かれて、どのシーンも、どのカットも無駄がない。手持ちキャメラの不安定なフレームが映し出す夜の旺角は、雑踏の乱闘も、狭い安ホテルの暴力シーンもリアルだ。

香港ノワールの流れをちゃんと押さえている訳ではないけど、かつての香港ノワールといえば、良い意味でのいい加減さが持ち味だったと思う。そんなのありえねーという設定でも、多少辻褄が合わないストーリー展開でも、それを覆い隠す強烈なアクションと思い入れで見る者を強引に説得してしまった。

でも最近の香港ノワールは『インファナル・アフェア』3部作にしても『PTU』にしても、かつての香港ノワールからは考えられないくらい周到に脚本が書かれている(そもそも、かつての香港ノワールというジャンルから既に逸脱しているのかもしれない)。『ワンナイト・イン・モンコック』も例外ではない。これは香港ノワールの成熟あるいは変質だろうけど、かつてのファンからは、香港映画の魅力はそのいい加減さにこそあったと言われてしまうかもしれない。

(以下、ややネタバレです)

最後、何人もの登場人物が撃たれる。眉間を撃たれた新人警官の血塗れの手と、それを握りしめる兄貴分警官の手のアップ。少し離れた場所で、撃たれた殺し屋が最後の力をふりしぼって伸ばした手を警部が受け止めるのをためらい、ためらっている間に息絶える、これもアップの映像。思いがつながり、あるいはつながらない。それぞれの思いがていねいに描かれているだけに、胸に迫る。

深作欣二のように激しく、加藤泰のように切ない映画だった。

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Comments

TBありがとうございました。
黒社会を描く正統派香港ノワールではないけれど、香港の暗部を描く香港ノワール、もしくはモロ夜そのものを舞台とする香港ノワールは確かに現存しています。って「香港ノワール」という言葉自体、日本で勝手につけたものですけれど(笑)。小規模に公開される作品の中に骨太な秀作を発見するのはシアワセなことですね。人口たった670万人の香港からこれほど多くの映画人が輩出される底力に驚く毎日です。

Posted by: もにかる | July 10, 2005 at 12:53 AM

>もにかるさま

コメントありがとうございます。

これは面白いかも、と当たりをつけて見に行って、本当に当たり(この映画のように)だったときの嬉しさは格別ですね。

香港映画からは一時遠ざかっていましたが(台湾や大陸のほうが面白くて)、このところまた香港映画を見る頻度が増えました。

Posted by: | July 13, 2005 at 11:01 AM

雄さんの紹介記事を読ませてもらって、観よう見ようと思いつつタイミングが合わず、結局、DVDになるのを待って、観ざるを得ませんでした。

それはさておき脚本の完成度の高さを含め、本当によく出来た映画で、唸ってしまいました。

それにしても昔なら添え物映画として日本でも数多く作られていた題材を、ここまでしっかり作りこむと、違った映画になりうることを実感させられました。

Posted by: nikidasu | October 15, 2005 at 01:45 AM

>nikidasuさま

日本でもプログラム・ピクチャーがなくなって、「作家主義」の映画ばかりになったことの功罪があるような気がします。

かつての加藤泰や山下耕作のような、新しい職人の映画を期待したいのですが。

Posted by: | October 15, 2005 at 07:19 PM

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