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June 19, 2005

鳥辺山から清水寺へ

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清水寺へ行くには、ふつう清水坂か茶碗坂を登ってゆく。修学旅行や観光客のほとんどが、そのコースを歩く。でももうひとつ、大谷本廟から鳥辺山を経由して行く道もある。

鳥辺山という名前には、高校の頃、日本史や古文でしょっちゅうお目にかかった。京の都に戦乱や飢饉があるたびに、死者は鳥辺山に葬られた。京都には何度も行っていたけれど、名前だけは知っていた鳥辺山を歩いたのはずいぶん後になってから。

親鸞が葬られている大谷本廟を過ぎると、谷の斜面いっぱいに墓石が目に飛び込んでくる。崖下には親鸞が火葬に付された御荼毘所も、深閑とした場所にある。江戸時代の古い墓石から新しいものまで無数の墓があるなかで、ひときわ立派なのはたいてい兵士の墓だ。上等兵(戦死したときは二等兵だろう)や軍曹といった下級兵士たちも、いや下級兵士だからこそと言うべきか、墓の立派なことだけは将校と変わらない。

京都の兵は陸軍なら第九連隊に配属された。この連隊は昭和の15年戦争では虐殺のあった南京戦に参加し、武漢、バターン半島と転戦して、最後はレイテで壊滅するという悲惨な歴史をたどった。墓銘を読んでいくと、南京郊外の紫金山(ここでの激戦の後、日本軍は南京に入城した)で戦死した兵や、フィリピンで戦死した兵の墓も多い。

町中からほんの5分ほど歩いただけのところにある、静かな死者の谷。数百年、いや千年を超す霊の発する何ものかが谷一面に籠もっているのを感じて慄然とする。

坂を登りきると、清水の舞台の下にある茶店の脇に出る。いきなり喧噪のなかに放り込まれて、このときばかりは人混みにまぎれてほっとする。デートには向かないけれど、学生の修学旅行のコースには組み込んでもいいんじゃないだろうか。

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Comments

初めまして。
鳥辺山墓地に縁ある者です。

昨日墓参して鳥辺山に関して書く前に、
こちらの記事を参考に読ませていただきました。

死して二階級特進。。
物言わぬ墓標は何を思い、市中を見下ろしているのでしょう。
犠牲になった古の勇者達の御冥福を祈ります。

Posted by: クルマ屋 | January 01, 2006 at 10:33 PM

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