亀井広忠の鼓
誘われて、たまに能を見にいく。今日は「谷大作の会」(6月25日、十四世喜多六平太記念能楽堂)。番組は狂言「伊文字」。友枝昭世の仕舞で「邯鄲」。この人の能を2度ほど見たことがあるけれど、ほんのわずかな仕草に濃密な情感を込める様式の美しさは圧倒的。この日も、まるで戦国の世の野武士が一瞬の「邯鄲の夢」を見たような仕舞だった。
能は「望月」。能には珍しくストーリー展開に富んだ「劇能」というやつで、シテの谷大作が面をつけずに舞う。仇討ちの話で、最後、獅子と化した谷大作の(歌舞伎の鏡獅子の原型みたいな)舞もよかったけど、すごかったのが背後で大鼓を打っていた亀井広忠。亀井広忠は若手のナンバーワン、と友人から聞いていた。その音を初めて聴いた。
最初にぽんと音を出したときから音色が違う。一音で、この世を軽々と超えてゆく、とでもいったらいいか。鼓を打つスピードが隣の鼓とは明らかに差があり、面をたたく瞬間にもスナップが利いているんだと思う。
昔、B・B・キングのコンサートに行ったとき、開演前にスタッフがステージ上のB・Bのギターを調整していたことがある。観客は冷やかし半分で喜んでいたが、幕が開いてB・B・キングが登場し、ギターを取り上げて一音弾いたら、同じギターからそれまでと全く違った音が出てきて、うわぁー、B・Bの音だと感激したことがある。亀井の鼓のぽんという最初の響きは、その一音を思い出させた。
夢幻能といわれる世阿弥の能は静かな演目が多いけど、謡よりはセリフ中心に物語が進んでゆく「劇能」の「望月」は仇討ちの話だけあって、後半、謡も鼓も舞も格段に激しくなる。特に亀井広忠の大鼓は、まるでアルバート・アイラーみたいに、あるいは「ヴィレッジ・ヴァンガード・アゲイン」のジョン・コルトレーンみたいに吼えまくる。その音と掛け声の感情表現の激しさは、邦楽って静かなものという思いこみを軽々と打ち破ってくれた。
友人の話では、今、邦楽にはすごい若手がたくさん出てきているという。彼らは邦楽の内部でも、また邦楽の外へも、ジャンルを超えて活動しはじめている。僕はたまに文楽と能を見るくらいで、日本の伝統芸能にはあまり親しんでないけど、これからはそっちにも興味が向きそうだ。
亀井広忠30歳。苦み走ったイケメンで、連れの女性は、「わたし、追っかけになっちゃう」と興奮しておりました。
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