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May 11, 2005

『バッド・エデュケーション』とフィルム・ノワール

謎めいた美青年イグナシオ(ガエル・ガルシア・ベルナル)と、同性の彼に惚れた元神父が追われるように映画館に入る。映画館ではフィルム・ノワール特集が組まれている。映画館から出てきた元神父が、疲労の浮きでた顔でつぶやく。「まるで私たちのようだ」。

画面を横切る2人の背後にファム・ファタールをあしらったフィルム・ノワールのポスター(『深夜の告白』だったような気もする)が張られている。老人と美青年カップルのうちファム・ファタールは言うまでもなく美青年イグナシオで、ファム・ファタールに魅入られて堕ちてゆくのは老人の元神父だ。

『バッド・エデュケーション』はフィルム・ノワールの設定と雰囲気を換骨奪胎しながら、全編、アルモドバルの映画への思いをちりばめた作品だった。

主人公の一人は映画監督のエンリケ(フェレ・マルチネス)。若くして成功したという設定からも、ホモ・セクシュアルであることからも、アルモドバル自身の分身と思える。

映画のネタになりそうな新聞記事をスクラップしている姿も、あるいはアルモドバル自身かもしれない。アルモドバルは、少年時代に友人から聞いた話を元にこの映画をつくったとインタビューで答えているが、映画化のタイミングについて、多数のカソリック神父が少年に性的虐待を働いていた世界的スキャンダルを意識したジャーナリスティックなセンスが働いているに違いない。

スランプに陥った映画監督エンリケの元へ、役者で、少年時代に神学校寄宿舎で同級生だったというイグナシオが脚本を持ち込んでくる。彼がおいていった脚本をエンリケが読みふけるという設定で、映画の中の映画が始まる。脚本(劇中劇)に登場するのは少年時代のエンリケとイグナシオ、そして神学校の神父。神学校の生徒である2人の少年と神父との「三角関係」が主題になっている。

2人の少年がガリシア地方のさびれた映画館に入って(『ラストショー』を思い出す)、互いにマスタベーションをしあう。劇中劇の中の映画館で上映されているのは、アルモドバルが少年時代に見たであろうスペイン映画らしい。ヒロインの元修道女が娼婦のようななりで修道院を訪れる姿がスクリーンに映されている。修道院の抑圧された欲望を感じさせる映画と、それを見ながらマスタベーションする2人の神学校生徒。映画の内と外の欲望が対応している。

脚本に惚れこんだエンリケが映画化を考えはじめると、イグナシオは映画の中でも成人したイグナシオ役(名前を変えた女装のゲイ)をやりたいとエンリケに迫る。イグナシオの魅力に負けて関係を結んだエンリケは、それを拒めない。が、イグナシオが本当にかつての友人のイグナシオなのか、疑問を感じはじめる。

イグナシオは本当にイグナシオなのか? もし別人だとしたら、その男は誰で、イグナシオはどうなったのか? 少年のイグナシオを性的に虐待した元神父が、なぜまた2人の前に現れたのか? 謎とサスペンスがフィルム・ノワールの定石を踏んで展開されてゆく。

劇中劇は、はじめエンリケがイグナシオの脚本を読んでイメージする想像のなかの映画という形で始まるのだが、やがて実際の撮影風景に変わってゆく。

イグナシオとエンリケと神父がからむ劇中劇と、それを撮影しているエンリケ、演じているイグナシオ、そこへ現れた元神父という現実が二重映しになって絡み合うのは、『フランス軍中尉の女』など映画づくりをモチーフにした映画でおなじみの手法。複雑なシチュエーションをテンポよく捌いてゆくアルモドバルの演出は鮮やかだ。

イグナシオと元神父のベッドシーンでも「映画」が登場する。2人は互いの姿を小型のビデオ・カメラに収めあう。手持ちビデオで撮影された荒れた画像が挿入される。これもまた、映画監督になる前に8ミリ映画をつくっていたというアルモドバルの自画像かもしれない。

アルモドバルのつくる作品は全体として「作家の映画」といえるのに、いつも面白く楽しませてくれるのは、その骨組みに必ず娯楽映画の構造--この場合はフィルム・ノワール--を据えているからだろう。しかも同性愛、カソリックの堕落、女装の芸人(『トーク・トゥー・ハー』なら死姦じみた行為やストーカー)といった「正常ならざるもの」や極限的状況をあざといくらいに持ち込み、しかも映画への愛という愛好家心理をくすぐる技まで繰り出してくる。

好みから言えば、この監督の映画はあまり好きではないのだけれど、いつも楽しんでしまい、しかも、うーん、よくできていると唸らざるをえない。

映像はいつもながらのアルモドバル世界。黒と深紅と緑を基調にした色彩に酔わせられる。

音楽がまたいい。少年がソプラノで歌う「ムーン・リバー」。ゲイの芸人が歌う「キサス・キサス・キサス」。レイジーなサックスにスペイン風なギターがからむジャズ。『トーク・トゥー・ハー』でカエターノ・ヴェローゾが歌った「ククルクク・パロマ」もそうだったけれど、選曲といい演奏といい、主題と密接にからみあって映画を一層深くしている(できれば新宿のタイムズ・スクエアで見ることをお薦めする。この劇場のJBLのサウンド・システムは天下一品)。

ガエル・ガルシア・ベルナルの女装はファム・ファタールの雰囲気を身にまとい、フェレ・マルチネスの映画監督も、成功者が美青年の魔力に引きずり込まれてゆく弱さを好演。『トーク・トゥー・ハー』に主演した2人、ゲイ役のハビエル・カマラと、出番は少ないがレオノール・ワトリングも魅力的だ。 

はじめ同性愛の映画と聞いていたから気乗りがしなかったのだけど、アルモドバルの魔術にまんまとはめられてしまった。

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Comments

トラックバックありがとうございます。

洞察力の深い文に酔いました。
なるほど『フランス軍中尉の女』か・・・。
確かに確かに。

Posted by: えい | May 11, 2005 09:57 AM

>えい様

コメント&TBありがとうございます。

えいさんのエントリにも、うん、うん、と同感。そうでした、画面がワイドからビスタに変わりましたね。忘れてました。

Posted by: | May 11, 2005 01:19 PM

TBさせて頂きました。
好き嫌いのはっきり分かれるこの作品、まるでリトマス試験紙のようで面白いですね。音楽の選曲良いですね、週末にサントラを買いに行こうと考えています。
いつもながらに読み応えのある記事で敬服。

Posted by: sheknows | May 11, 2005 08:55 PM

>sheknowsさま

コメント&TBありがとうございます。

好きではないタイプの映画なのですが、ころりといかれてしまいました。

私は『トーク・トゥー・ハー』のカエターノ・ヴェローゾを聴いてCDを買い、再来週の来日コンサートにも行きます。

Posted by: | May 12, 2005 02:31 PM

雄様、こんばんは。

大体映画は銀座で観ているのですが、
オススメの新宿で観てまいりました。

アルモドバル映画の音楽と映像は、
ハマるととても魅力的です。

しかし切り取られたプールサイドって
何であんなに絵になるのでしょう?

Posted by: りか | May 22, 2005 10:46 PM

>りかさま

お久しぶりです。

私も仕事場から近いので銀座が多いですが、単館ロードショー系の映画が少ないのが玉に瑕です。

印象的なプールサイドのシーンは多いですよね。最近ではシャーロット・ランプリングの『スイミング・プール』がいい感じでした。

Posted by: | May 23, 2005 06:11 PM

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