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April 07, 2005

『アビエイター』と怪物の魂

アメリカの雑誌の『アビエイター』評に、「これはスコセッシによる『市民ケーン』だ」というのがあったらしい。これにもう一言だけつけくわえれば、僕も同じような感想をもった。「これはスコセッシによる失敗した『市民ケーン』だ」。

『アビエイター』が『市民ケーン』を意識していることは歴然としている。

なにより、アメリカン・ドリームを体現した怪物的存在を主人公にしていること。『市民ケーン』は、「新聞王」と言われ、20世紀前半のアメリカのマスコミを支配したウィリアム・ハーストをモデルにしている。ハーストは新聞・雑誌・ラジオの経営によって莫大な富を築いた一方、その強引さや扇情的な紙面づくりで戦争屋、裏切り者と呼ばれた。女優を愛人とし、スキャンダルにまみれた。『アビエイター』の主人公ハワード・ヒューズもまた映画産業と航空機産業に君臨し、富と壮大な野心とスキャンダルに満ちた存在だった。

主人公の設定以上に2本の映画に共通しているのは、ひとつの言葉が映画を支配していること。『市民ケーン』でそれは「rosebud(バラの蕾)」という単語だった。主人公が死に際に残した「rosebud」という謎の言葉の意味を探るかたちで、映画は進行してゆく。一方、『アビエイター』では「quarantine(隔離)」という単語が物語を支配している。

手法の上でも、『市民ケーン』はニュース映像(フィクションだから作りものだが)をインサートする演出法の古典的な例だけれど、『アビエイター』もこの方法を踏襲している。アメリカン・ヒーローを取り上げながら、孤独な怪物としてのアンチ・ヒーロー的側面を強調していることでも2本は共通している。

でも一方は映画史に残る作品になり、一方は僕の見るところ失敗作となった。

その理由の一端に、映画を支配するひとつの言葉のもつ意味合いの差があるように思う。「rosebud」という言葉の謎は、映画の最後で明かされる。少年時代の回想シーン。屋敷の庭で雪のなかに置き去りにされた橇の側面に「rosebud」という文字が刻まれている(30年以上前に見た記憶で書いているので、それがラストシーンだったかどうか確信はない)。つまりこの言葉は、スキャンダルにまみれ、戦争屋と言われた主人公の、少年時代の無垢の夢を象徴していた。

『アビエイター』で「quarantine」という言葉は映画の冒頭で出てくる。裸のヒューズ少年の体を拭きながら、伝染病の感染を怖れる母親の口から発せられる。そのような母子関係がトラウマとなって、ヒューズは細菌恐怖症となり強迫性障害を病む。自らを豪邸の居室に閉じこめ、他人をいっさい寄せつけない。石鹸で手を執拗に洗ったり、テープを張って結界をつくり細菌を避けようとする描写によって主人公の抱える病と孤独が浮かび上がるのだが、それはrosebudが少年の無垢な夢だったようには見る者を揺さぶらず、逆に観客の生理的な拒否反応を生んでしまうように思う。

そしてこれはこの映画だけでなく、スコセッシの映画を見ていつも感じることなのだが、スコセッシは感情を積分することが下手な監督なのではないか。

スコセッシの映画には、今度も裏切られたという思いを抱くことが多い。裏切られたというのは、逆に言えば期待しているということであり、それはかつて『タクシードライバー』『レイジング・ブル』といった傑作に出会った記憶が今なお鮮烈だからでもある。でもそれ以来、期待が満たされたことはあまりない。『グッドフェローズ』も『ギャング・オブ・ニューヨーク』も、評判ほどにはいいと思わなかった。

『アビエイター』も、ひとつひとつのショットやシーンは素晴らしい。冒頭の『地獄の天使』撮影シーン、豪華で華麗なパーティーの場面、キャサリン・ヘップバーンとの夜間飛行のデート。どれもたっぷり金をかけ、美しく、見る者を酔わせる。でも、そうしたシーンの積み重ねが感情の積分に結びつかないところが、スコセッシの映画にはいつもある。

感情の積分は、物語を丹念に構築していくタイプの映画(例えばクリント・イーストウッド)にもあるし、物語を断片化・複線化していくタイプの映画(例えばスティーブン・ソダーバーグ)にもある。スコセッシはハリウッドに物語を断片化してゆく現代的な手法を持ち込んだ初期のひとりだと思うけれど、それに成功した例は(彼の映画をすべて見ているわけではないが)『アフターアワーズ』以外、あまりないように記憶している。

自らの夢を実現させた巨大飛行艇が空を飛ぶシーンも、偵察機XF-11の試験飛行も、あくまでエピソードのままとどまり、ヒューズの壮大な夢と挫折を、見る者を納得させるようには描いていない。それは細菌恐怖から手を洗ったり、部屋に閉じこもったりするシーンが、病気の症状以上のものを伝えてこないように感じられるのと一緒だ。『市民ケーン』のオーソン・ウェルズのような、あるいは大型船に山を越えさせた『フィッツカラルド』のクラウス・キンスキーのような怪物の魂を感じさせない。

スコセッシの映画だからと期待して、その期待を裏切られる体験を、また繰り返してしまった。

少年の面影を残したレオナルド・ディカプリオは、若いころの野心に満ちたはつらつとした感じがいい。口ひげをたくわえダブルの背広を着るあたりはちょっと無理があるけれど。女優ではキャサリン・ヘップバーンを演ずるケイト・ブランシェットが気品を感じさせる。ケイト・ベッキンセールのエヴァ・ガードナーはボリューム、色気、凄み、いずれも足りない。もっとも、今あんな女優はいないから、ないものねだりだけど。

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Comments

拙宅へのTBどうもありがとうございました。
ハワード・ヒューズのこと、もっと予習してから劇場に行けばよかったなぁと
少々後悔しているところです。
スコセッシ監督にはいずれオスカーを取ってもらいたいのですが
無理なのでしょうか......。
こちらからもTBさせて頂きますね。

Posted by: 「あ」嬢 | April 08, 2005 12:07 PM

TBありがとうございます。
『市民ケーン』と『アビエイター』の比較、とても興味深く拝見させて頂きました。

Posted by: ガゼル | April 08, 2005 09:59 PM

>「あ」嬢さま

TB&コメントありがとうございます。
スコセッシ監督はこういう大作を任されても作家的なこだわりがあって、それが映画を中途半端にしているというか。好きな監督ですが…。たまには職人芸のエンタテインメントを見たい。そうすればオスカーも、と思うのですが。

>ガゼルさま

コメントありがとうございます。
ガゼルさんが紹介しているフランスのサイトも、評価しかねているような感じですね。なるほどそういう見方もあるのかと参考になります。

Posted by: | April 08, 2005 11:44 PM

はじめまして、お邪魔します。先日アビエイター見てきました。ハワードが卓越した人物であるがために、そして実在であるためにエピソードが多すぎて目まぐるしい印象でした。飛行機と映画と恋愛で3本分ぐらいの映画がつまったようでした。ハワードがどれほど魅力的で伝説的な人物だったかがわかるというものですが。

またいろいろなレビュー拝見に伺いますね。TBさせていただきました、よろしくお願いします!

Posted by: なを | April 10, 2005 02:46 PM

>なを様

TB&コメントありがとうございます。

本当に映画3本分でしたね。それを1本にしたために、僕にはちょっと消化不良に感じられたのかも。

それにしても、なをさんのレビューの細かさにはびっくり。すごい記憶力ですね。うらやましい。

Posted by: | April 12, 2005 04:42 PM

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